いと高き神の祭司メルキゼデク

2023年6月18日主日礼拝説教ハレルヤチャペル滝沢牧師森田友明

<聖書>創世記14章1~2,10~24節
【新改訳2017】
14:1 さて、シンアルの王アムラフェル、エラサルの王アルヨク、エラムの王ケドルラオメル、ゴイムの王ティデアルの時代のことである。
14:2 これらの王たちは、ソドムの王ベラ、ゴモラの王ビルシャ、アデマの王シンアブ、ツェボイムの王シェムエベル、ベラすなわちツォアルの王と戦った。


14:10 シディムの谷には瀝青の穴が多くあり、ソドムの王とゴモラの王は逃げたとき、その穴に落ちた。そして、残りの王たちは山の方に逃げた。
14:11 四人の王たちは、ソドムとゴモラのすべての財産とすべての食糧を奪って行った。
14:12 また彼らは、アブラムの甥のロトとその財産も奪って行った。ロトはソドムに住んでいた。
14:13 一人の逃亡者が、ヘブル人アブラムのところに来て、そのことを告げた。アブラムは、アモリ人マムレの樫の木のところに住んでいた。マムレはエシュコルとアネルの兄弟で、彼らはアブラムと盟約を結んでいた。
14:14 アブラムは、自分の親類の者が捕虜になったことを聞き、彼の家で生まれて訓練された者三百十八人を引き連れて、ダンまで追跡した。
14:15 夜、アブラムとそのしもべたちは分かれて彼らを攻め、彼らを打ち破り、ダマスコの北にあるホバまで追跡した。
14:16 そして、アブラムはすべての財産を取り戻し、親類のロトとその財産、それに女たちやほかの人々も取り戻した。
14:17 アブラムが、ケドルラオメルと彼に味方する王たちを打ち破って戻って来たとき、ソドムの王は、シャベの谷すなわち王の谷まで、彼を迎えに出て来た。
14:18 また、サレムの王メルキゼデクは、パンとぶどう酒を持って来た。彼はいと高き神の祭司であった。
14:19 彼はアブラムを祝福して言った。「アブラムに祝福あれ。いと高き神、天と地を造られた方より。
14:20 いと高き神に誉れあれ。あなたの敵をあなたの手に渡された方に。」アブラムはすべての物の十分の一を彼に与えた。
14:21 ソドムの王はアブラムに言った。「人々は私に返し、財産はあなたが取ってください。」
14:22 アブラムはソドムの王に言った。「私は、いと高き神、天と地を造られた方、【主】に誓う。
14:23 糸一本、履き物のひも一本さえ、私はあなたの所有物から何一つ取らない。それは、『アブラムを富ませたのは、この私だ』とあなたが言わないようにするためだ。
14:24 ただ、若い者たちが食べた物と、私と一緒に行動した人たちの取り分は別だ。アネルとエシュコルとマムレには、彼らの取り分を取らせるように。」

<要約>

成功に続く祝福と誘惑:

二人の全く違う王の訪問は何を意味しているのでしょうか。それは、何か一大事を成し遂げた後に来る神からの祝福と悪魔の誘惑です。私たちも一つの事業なり、計画なりを実行した後、それがうまくいったときに二通りのことがやってきます。それは、一つは神からの祝福です。そして私たちは、神に栄光と誉をお返しするのです。そして、神に献身するのです。アブラムはメルキゼデクを通して、十分に一を捧げました。もう一つは自分の手柄を覚えて高慢になり、自分に栄誉を帰そうとする誘惑です。ソドムの王の申し出は悪魔の誘いでした。ソドムの王の申し出をきっぱり断り戦争で戻したすべての者を彼に返しました。よく言われるのは、霊的に一番危ないときは、何かを成し遂げた時だと言います。悪魔はあなたの心にささやきます。よくやったじゃないか。もっと自慢してもいいよ。もっと評価されてもいいはずじゃないのか、と。その時、私たちは神に申し上げましょう。みことばにある通り、「私たちは取るに足りないしもべです。なすべきことをしただけです」と。

贖いの代価となられた王・祭司キリスト:

メルキゼデクは、系図もなく出生もわからないサレムすなわち平和の王であり、いと高き神の祭司であったのです。メルキゼデクは、キリストではありませんが、キリストのひな形であります。キリストは、罪のない神が人となって来られた歴史上ただ一人の人物です。処女マリヤが聖霊によって身籠り生まれた神の独り子です。ですから、全く罪を犯したことがなく罪のない人でした。普通の男女間で生まれた人は、罪をもって生まれてきたので、他の人間の罪の身代わりとなることはできません。無罪のキリストのみが身代わりとなることができたのです。「キリストは罪を犯したことがなく、その口には欺きもなかった」と書いている通りです。ですから、キリストはご自身をすべての人の罪の贖いの代価として、ご自身のいのちを提供することができたのです。十字架で死にましたが、復活して今も生きておられます。そして、今も、キリストに来るものを神に執り成し、罪の赦しをご自身の十字架の贖いにより宣言しているのです。クリスチャンは、周りの人々のために執り成し祈る人々です。わたしたちも家族友人知人が、真の神に立ち返れるようとりなし、祈りましょう。

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