悲しみと嘆きは喜びと感謝に

2024年4月28日(日)主日礼拝説教ハレルヤチャペル滝沢牧師森田友明

<要約>

目がさえぎられている人間

私たち人間は、アダムの罪を引き継いでいます。原罪を受け継いでいます。それは、神より自分を優先する、神がほめたたえられるより自分の栄誉を求める、他人を自分の思い通りに動かしたい、支配欲、権威欲、自分中心です。神を下において自分を上に置きます。そのために、神を利用しようとまでします。ロシア正教会は、ロシアの領土拡大、ウクライナ戦争を肯定しています。プーチンとその一部の人々の独善的な考えを正当化しています。彼らは自分たちの利益のために、民族優位を裏付けるために、宗教を利用していると言えます。すなわち神を利用しているのです。それは、ある国の人々がそうであると言うのではなく、私たち個人に至るまで、生まれながらの罪の性質により、福音を理解できません。罪と死と滅びからの救いを理解できません。和教信条にある通り、「神の子の福音と永遠の救いを読んだり、聞いたりするが、自分の力でそれを理解し、真理であると信じることができない。」のです。聖霊によるしか、私たちは神を信じ、福音を理解することはできません。しかし、恵み豊かな神は、神を求める者の目を開いて下さいます。

心の目を開かせてくださる神

試練や苦しみの中で神が遠くにおられるように感じているときにこそ神はあなたと共にいてあなたを支えておられます。イエス様の一方的なあわれみです。暗く沈みこんでいる時にこそ近づいてくださる。聖霊様の働きなのです。神の一方的な哀れみによって私たちに信仰が与えられるのです。二千年も前にイエス様が私の罪を取り除いてくださった。こんな信じられないことを信じることができたのは御霊のわざです。自分で信じたと思っているのは誤りです。イエス様、聖霊様があなたに語り掛け、みことばを与えそして救いを理解する力を与えてくださいました。何という幸いな人生、喜びと感謝の人生でしょうか。かくして、クレオパ夫妻のふさがれた目が開かれてイエス・キリストをはっきりと見ることができました。非常な喜びで満たされました。イエス様があなたや私に近づいてくださり、あなたや私の目を開いてくださったのです。今、私たちは心の目でイエス様を見ています。イエス様から日々みことばをいただき心が燃える経験をし続けていきましょう。

<聖書>
【新改訳2017】
24:13 ところで、ちょうどこの日、弟子たちのうちの二人が、エルサレムから六十スタディオン余り離れた、エマオという村に向かっていた。
24:14 彼らは、これらの出来事すべてについて話し合っていた。
24:15 話し合ったり論じ合ったりしているところに、イエスご自身が近づいて来て、彼らとともに歩き始められた。
24:16 しかし、二人の目はさえぎられていて、イエスであることが分からなかった。
24:17 イエスは彼らに言われた。「歩きながら語り合っているその話は何のことですか。」すると、二人は暗い顔をして立ち止まった。
24:18 そして、その一人、クレオパという人がイエスに答えた。「エルサレムに滞在していながら、近ごろそこで起こったことを、あなただけがご存じないのですか。」
24:19 イエスが「どんなことですか」と言われると、二人は答えた。「ナザレ人イエス様のことです。この方は、神と民全体の前で、行いにもことばにも力のある預言者でした。
24:20 それなのに、私たちの祭司長たちや議員たちは、この方を死刑にするために引き渡して、十字架につけてしまいました。
24:21 私たちは、この方こそイスラエルを解放する方だ、と望みをかけていました。実際、そればかりではありません。そのことがあってから三日目になりますが、
24:22 仲間の女たちの何人かが、私たちを驚かせました。彼女たちは朝早く墓に行きましたが、
24:23 イエス様のからだが見当たらず、戻って来ました。そして、自分たちは御使いたちの幻を見た、彼らはイエス様が生きておられると告げた、と言うのです。
24:24 それで、仲間の何人かが墓に行ってみたのですが、まさしく彼女たちの言ったとおりで、あの方は見当たりませんでした。」
24:25 そこでイエスは彼らに言われた。「ああ、愚かな者たち。心が鈍くて、預言者たちの言ったことすべてを信じられない者たち。
24:26 キリストは必ずそのような苦しみを受け、それから、その栄光に入るはずだったのではありませんか。」
24:27 それからイエスは、モーセやすべての預言者たちから始めて、ご自分について聖書全体に書いてあることを彼らに説き明かされた。
24:28 彼らは目的の村の近くに来たが、イエスはもっと先まで行きそうな様子であった。
24:29 彼らが、「一緒にお泊まりください。そろそろ夕刻になりますし、日もすでに傾いています」と言って強く勧めたので、イエスは彼らとともに泊まるため、中に入られた。
24:30 そして彼らと食卓に着くと、イエスはパンを取って神をほめたたえ、裂いて彼らに渡された。
24:31 すると彼らの目が開かれ、イエスだと分かったが、その姿は見えなくなった。
24:32 二人は話し合った。「道々お話しくださる間、私たちに聖書を説き明かしてくださる間、私たちの心は内で燃えていたではないか。」
24:33 二人はただちに立ち上がり、エルサレムに戻った。すると、十一人とその仲間が集まって、
24:34 「本当に主はよみがえって、シモンに姿を現された」と話していた。
24:35 そこで二人も、道中で起こったことや、パンを裂かれたときにイエスだと分かった次第を話した。

死んでも生きるのです

2024年4月14日(日)主日礼拝説教ハレルヤチャペル滝沢牧師森田友明

<要約>

神に条件を付ける人間:

マルタはイエス様を出迎えて言いました。「主よ。もしここにいてくださったなら、私の兄弟は死ななかったでしょうに。」と。人は自分の経験の範囲内でしか信じることができないのです。人は神を全面的に信じることができずに、これができれば、あれができれば、ああであれば、こうであればと言って、自分の条件に合えば信じるというのです。奇跡を見たらしるしを見たら信じるというのです。自分の思い通りにしてくれたら信じるというのです。それは信仰ではありません。不信仰は、全世界を覆っています。個人レベルでも社会レベルでも、世界レベルでも、人間社会は不信仰に閉じ込められています。神を信ぜず、神を下において、人間中心で世の中は動いています。世界をつくり、あなたにいのちを与え保っておられる神を無視して、人間中心の世界ができています。神から離れているため人は無用のものとなっているとまで、パウロは言います。真の神を信じる信仰は、生まれながらの私たち人間にはありません。信仰は、神がお与えくださるものです。もし私たちがへりくだり、真の神を仰ぎ見て求めれば与えられます。

信仰を与え栄光を見せる神:

マルタは、イエス様のことばを信じ、神の栄光を見ました。ラザロは、よみがえり墓から出てきました。イエス様のみことばは、ラザロの墓の前に集まっていた多くの人々ばかりでなく、この聖書のことばを聞いて信じる者に成就します。それが神のことばの力です。「神の子のイエス様の十字架と復活は、人間にとって最後の敵である死を打ち破り、死の向こうにある復活のいのち、永遠のいのちを勝ち得てくださいました。死は敗北ではなく、永遠のいのちの入り口、勝利の入り口となりました。恵子姉は、2019年3月に繁兄と共に、当教会で洗礼を受けました。しかし、その年の11月に突然脳梗塞を起こし県立中央病院に入院しました。その時ベッドの中で、心に「勝利をのぞみ」という賛美歌が響き、それをずっと繰り返し歌っていたとのことです。後遺症もほとんどなく退院できました。恵子姉は、やがて勝利が来ることを信じて心の内に何度も賛美していたのでしょう。そして誰も迎える死を迎えました。しかし、勝利を得たのです。今、イエス様の十字架による罪の赦しを得て、永遠のいのちに生きています。文字通り、死んでも生きているのです。

<聖書>ヨハネによる福音書11章17~27,38~48節

【新改訳2017】
ヨハ
11:17 イエスがおいでになると、ラザロは墓の中に入れられて、すでに四日たっていた。
11:18 ベタニアはエルサレムに近く、十五スタディオンほど離れたところにあった。
11:19 マルタとマリアのところには、兄弟のことで慰めようと、大勢のユダヤ人が来ていた。
11:20 マルタは、イエスが来られたと聞いて、出迎えに行った。マリアは家で座っていた。
11:21 マルタはイエスに言った。「主よ。もしここにいてくださったなら、私の兄弟は死ななかったでしょうに。
11:22 しかし、あなたが神にお求めになることは何でも、神があなたにお与えになることを、私は今でも知っています。」
11:23 イエスは彼女に言われた。「あなたの兄弟はよみがえります。」
11:24 マルタはイエスに言った。「終わりの日のよみがえりの時に、私の兄弟がよみがえることは知っています。」
11:25 イエスは彼女に言われた。「わたしはよみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は死んでも生きるのです。
11:26 また、生きていてわたしを信じる者はみな、永遠に決して死ぬことがありません。あなたは、このことを信じますか。」
11:27 彼女はイエスに言った。「はい、主よ。私は、あなたが世に来られる神の子キリストであると信じております。」
中略
11:38 イエスは再び心のうちに憤りを覚えながら、墓に来られた。墓は洞穴で、石が置かれてふさがれていた。
11:39 イエスは言われた。「その石を取りのけなさい。」死んだラザロの姉妹マルタは言った。「主よ、もう臭くなっています。四日になりますから。」
11:40 イエスは彼女に言われた。「信じるなら神の栄光を見る、とあなたに言ったではありませんか。」
11:41 そこで、彼らは石を取りのけた。イエスは目を上げて言われた。「父よ、わたしの願いを聞いてくださったことを感謝します。
11:42 あなたはいつでもわたしの願いを聞いてくださると、わたしは知っておりましたが、周りにいる人たちのために、こう申し上げました。あなたがわたしを遣わされたことを、彼らが信じるようになるために。」
11:43 そう言ってから、イエスは大声で叫ばれた。「ラザロよ、出て来なさい。」
11:44 すると、死んでいた人が、手と足を長い布で巻かれたまま出て来た。彼の顔は布で包まれていた。イエスは彼らに言われた。「ほどいてやって、帰らせなさい。」
11:45 マリアのところに来ていて、イエスがなさったことを見たユダヤ人の多くが、イエスを信じた。