復活信仰は確かな希望

2024年3月31日(日)主日礼拝説教ハレルヤチャペル滝沢牧師森田友明

<要約>

復活のない空しい人生:

ここでパウロは、キリストの復活とともに私たち信者の復活について述べています。もしキリストの復活がなければクリスチャンも復活する事はないでしょう。そして復活がなければ私たちの信仰はむなしいものとなります。ある人たちは言います。「イエス・キリストの言った言葉、行ったことを学んで、キリストを模範として生きていくことが大切なんだ」と。しかし、パウロはその考えを否定するかの如く、それだけでは信仰も宣教もむなしいと言うのです。すなわち、キリストの復活と言う事実がなかったらキリスト信仰は全く空虚なものになると言うのです。復活のないむなしい人生と題してお話ししています。仏教も他の宗教も復活の信仰はありません。この世の中の営みが人生の全てです。復活がないので、永遠のいのちの希望もなく、依然、罪と死と滅びに縛られています。聖書は、人間の現状について述べています。すべての人は罪と死の問題を持っていると。そして、罪と死と悪魔が人を苦しめ、人間社会を混乱させています。聖書はそこからの救いを説いています。それは、キリストの復活により、すべての人は死からいのちへ移されるという希望のメッセージです。

復活の希望に生きる人生:

ある時、サタンの誘惑によりアダムは神の戒めを破り、罪を犯しました。それ以来、この世界には罪が入り、死が入り、病が入りました。そのような罪の中でむなしく滅んでしまう私たち人間に対して、神は何をなしてくださったのでしょうか。キリストは聖霊によって身ごもった乙女マリヤより生まれました。私たちと同じ身体を持った全き人間でありました。完全な人間であり、神であるその方は全く罪のない方でした。そのキリストが全人類の罪をその身に背負って私達の身代わりとなって十字架で、罪のさばき受けて下さったのです。題してお話ししています。私たちの人生はこの世だけで終わりません。復活の希望に生きる人生は、永遠に続く命と祝福に溢れた人生です。キリストは人間の最後の敵である死を打ち破り、復活し、私たちに永遠の命を与えてくださいます。それは無条件で提供された神の恵みです。あなたが信じて受けとめればいいのです。霊的に死んでいたあなたは神の命につながったのです。まだ、この決してしぼまない確かな希望を知らない知人友人家族へ伝えていきましょう。

<聖書>Ⅰコリント15章12~24節
【新改訳2017】
15:12 ところで、キリストは死者の中からよみがえられたと宣べ伝えられているのに、どうして、あなたがたの中に、死者の復活はないと言う人たちがいるのですか。
15:13 もし死者の復活がないとしたら、キリストもよみがえらなかったでしょう。
15:14 そして、キリストがよみがえらなかったとしたら、私たちの宣教は空しく、あなたがたの信仰も空しいものとなります。
15:15 私たちは神についての偽証人ということにさえなります。なぜなら、かりに死者がよみがえらないとしたら、神はキリストをよみがえらせなかったはずなのに、私たちは神がキリストをよみがえらせたと言って、神に逆らう証言をしたことになるからです。
15:16 もし死者がよみがえらないとしたら、キリストもよみがえらなかったでしょう。
15:17 そして、もしキリストがよみがえらなかったとしたら、あなたがたの信仰は空しく、あなたがたは今もなお自分の罪の中にいます。
15:18 そうだとしたら、キリストにあって眠った者たちは、滅んでしまったことになります。
15:19 もし私たちが、この地上のいのちにおいてのみ、キリストに望みを抱いているのなら、私たちはすべての人の中で一番哀れな者です。
15:20 しかし、今やキリストは、眠った者の初穂として死者の中からよみがえられました。
15:21 死が一人の人を通して来たのですから、死者の復活も一人の人を通して来るのです。
15:22 アダムにあってすべての人が死んでいるように、キリストにあってすべての人が生かされるのです。
15:23 しかし、それぞれに順序があります。まず初穂であるキリスト、次にその来臨のときにキリストに属している人たちです。
15:24 それから終わりが来ます。そのとき、キリストはあらゆる支配と、あらゆる権威、権力を滅ぼし、王国を父である神に渡されます。

あなたの罪を赦す十字架

2024年3月24日(日)主日礼拝説教ハレルヤチャペル滝沢牧師森田友明

<要約>
自分が何者なのかわからない人間:

イエス様は、彼らをおゆるし下さい、彼らは自分が何をしているのか分かっていないのです、とおっしゃいました。救い主であり神であるキリスト十字架につけた、と言うとんでもないことをしてしまっていることに気づかない。この人たちは盲目で、失われているのだ、と。この人たちは真の神もわからず、自分自身が何者であるかも分からずにいるのだ、と。わからないでしたことなのでおゆるし下さい、とイエス様は祈ったのです。聖書は、すべての読者に向けて語りかけています。そうです。ここに集う、あなたや私にも語りかけています。ですから、イエス様は、あなたや私の罪もおゆるしくださいと、父に祈ったのです。自分が何者なのかわからない人間、と題してお話ししています。神の目からすべての人は失われています。神が分からない、自分が分からないのです。そのために神の目からは、とんでもない道を歩んでいるのです。それは罪と死と滅びの道です。イエス様はそのような人間を神の前にとりなしました。「彼らの罪をおゆるし下さい、彼らは何をしているかわかってないのです」と。

天の御国へ招かれる条件:

神はすでに罪の赦しをすべての人に提供しておられます。それを受け止めるか、受け止めないか、自分のものとするかしないかはすべてあなたにかかっています。十字架上でのイエス様の祈りに肯定的な応答した人のことが書かれています。もう一人の犯罪人です。彼は十字架上でのイエス様のお姿を見て、お言葉を聞いていました。そして、かれは、自分が赦されなければならない罪人であることがわかったのです。彼は神を恐れて、心から悔い改めました。そして、「イエス様。あなたが御国に入られるときには、私を思い出してください」と、イエス様に向かって、信仰告白したのです。「御国に入られるときには、私を思い出してください」と。へりくだった謙遜な言葉ではないでしょうか。イエスは、彼に言われた。「まことに、あなたに言います。あなたは今日、わたしとともにパラダイスにいます」と。イエス様は彼の信仰を見て、良しとしてくださいました。イエス様は彼の過去のことは何も触れずに、ただ、あなたは今日、パラダイスにいます、と宣言しました。この男は身体の命は失いました。しかし、彼の霊は天国で永遠の命を得たのです。これがキリストの福音であり、無条件の罪の赦しです。

<聖書>ルカの福音書23章33~43節

【新改訳2017】
23:33 「どくろ」と呼ばれている場所に来ると、そこで彼らはイエスを十字架につけた。また犯罪人たちを、一人は右に、もう一人は左に十字架につけた。
23:34 そのとき、イエスはこう言われた。「父よ、彼らをお赦しください。彼らは、自分が何をしているのかが分かっていないのです。」彼らはイエスの衣を分けるために、くじを引いた。
23:35 民衆は立って眺めていた。議員たちもあざ笑って言った。「あれは他人を救った。もし神のキリストで、選ばれた者なら、自分を救ったらよい。」
23:36 兵士たちも近くに来て、酸いぶどう酒を差し出し、
23:37 「おまえがユダヤ人の王なら、自分を救ってみろ」と言ってイエスを嘲った。
23:38 「これはユダヤ人の王」と書いた札も、イエスの頭の上に掲げてあった。
23:39 十字架にかけられていた犯罪人の一人は、イエスをののしり、「おまえはキリストではないか。自分とおれたちを救え」と言った。
23:40 すると、もう一人が彼をたしなめて言った。「おまえは神を恐れないのか。おまえも同じ刑罰を受けているではないか。
23:41 おれたちは、自分のしたことの報いを受けているのだから当たり前だ。だがこの方は、悪いことを何もしていない。」
23:42 そして言った。「イエス様。あなたが御国に入られるときには、私を思い出してください。」
23:43 イエスは彼に言われた。「まことに、あなたに言います。あなたは今日、わたしとともにパラダイスにいます。」

ノアの洪水とバプテスマ

2024年3月17日(日)主日礼拝説教ハレルヤチャペル滝沢牧師森田友明

<聖書>創世記6章1~22節
【新改訳2017】
6:1 さて、人が大地の面に増え始め、娘たちが彼らに生まれたとき、
6:2 神の子らは、人の娘たちが美しいのを見て、それぞれ自分が選んだ者を妻とした。
6:3 そこで、【主】は言われた。「わたしの霊は、人のうちに永久にとどまることはない。人は肉にすぎないからだ。だから、人の齢は百二十年にしよう。」
6:4 神の子らが人の娘たちのところに入り、彼らに子ができたそのころ、またその後も、ネフィリムが地にいた。彼らは昔からの勇士であり、名のある者たちであった。
6:5 【主】は、地上に人の悪が増大し、その心に図ることがみな、いつも悪に傾くのをご覧になった。
6:6 それで【主】は、地上に人を造ったことを悔やみ、心を痛められた。
6:7 そして【主】は言われた。「わたしが創造した人を地の面から消し去ろう。人をはじめ、家畜や這うもの、空の鳥に至るまで。わたしは、これらを造ったことを悔やむ。」
6:8 しかし、ノアは【主】の心にかなっていた。
6:9 これはノアの歴史である。ノアは正しい人で、彼の世代の中にあって全き人であった。ノアは神とともに歩んだ。
6:10 ノアは三人の息子、セム、ハム、ヤフェテを生んだ。
6:11 地は神の前に堕落し、地は暴虐で満ちていた。
6:12 神が地をご覧になると、見よ、それは堕落していた。すべての肉なるものが、地上で自分の道を乱していたからである。
6:13 神はノアに仰せられた。「すべての肉なるものの終わりが、わたしの前に来ようとしている。地は、彼らのゆえに、暴虐で満ちているからだ。見よ、わたしは彼らを地とともに滅ぼし去る。
6:14 あなたは自分のために、ゴフェルの木で箱舟を造りなさい。箱舟に部屋を作り、内と外にタールを塗りなさい。
6:15 それを次のようにして造りなさい。箱舟の長さは三百キュビト。幅は五十キュビト。高さは三十キュビト。
6:16 箱舟に天窓を作り、上部から一キュビト以内に天窓を仕上げなさい。また、箱舟の戸口をその側面に設け、箱舟を一階と二階と三階に分けなさい。
6:17 わたしは、今、いのちの息のあるすべての肉なるものを天の下から滅ぼし去るために、地上に大水を、大洪水をもたらそうとしている。地上のすべてのものは死に絶える。
6:18 しかし、わたしはあなたと契約を結ぶ。あなたは、息子たち、妻、それに息子たちの妻とともに箱舟に入りなさい。
6:19 また、すべての生き物、すべての肉なるものの中から、それぞれ二匹ずつを箱舟に連れて入り、あなたとともに生き残るようにしなさい。それらは雄と雌でなければならない。
6:20 鳥は種類ごとに、動物も種類ごとに、また地面を這うすべてのものも種類ごとに、それぞれ二匹ずつが生き残れるよう、あなたのところに来なければならない。
6:21 あなたは、食べられるあらゆるものから採って、自分のところに集め、あなたとそれらの動物のための食物としなさい。」
6:22 ノアは、すべて神が命じられたとおりにし、そのように行った。

<要約>

罪の力と悪の増大;

人間は御霊に聞き従うより、肉、すなわち罪の性質に従うことを選択して生きるようになりました。いつしか、神の存在を認めなくなったのです。ついには、神の存在すらわからなくなったのです。それが罪のもたらす結果です。私たちクリスチャンは、聖霊をいただいた者たちですが、肉といわれる罪の性質が残っています。もし、御霊によって生きなければ肉によって生きることになります。ついには、聖霊を追い出してしまうのです。日本では、洗礼を受けてクリスチャンになっても、信仰の破船に会い、教会から離れて行く人々が多くあります。聖霊に聞き従うより、自分の肉に従う人々です。ついに神は、地上に人を造られたことを悔やみ、心を痛められました。そして全人類すべての動植物を地上から消し去ろうと神は決意なさったのです。何度も神は悔い改めを迫ったでしょう。実際、箱舟を建造する数十年の期間を用いて、ノアは宣教したことがうかがわれます。しかし、聞く耳を持たなかった人類に、ついに裁きの時が来たのです。雨が降り始めたその日にノアとその家族は箱舟に入りました。あらゆる動物たちも中に入りました。その時も、箱舟の扉は空いていたのです。人々は招かれていたのです。最後に神が後ろの戸を閉められたのです。

水をくぐり救われるバプテスマ;

ノアは箱舟で水を潜り抜けて救われました。そして、信仰によって義とされました。彼は、箱舟をつくって、人々をそこに入るように招いたものの、世の人々は不信仰になり、神の警告を聞きませんでした。その事により世は罪に定められたのです。また、この箱舟は、水を潜り救われるバプテスマを象徴しています。ノアの時代に、神が忍耐して待っておられたにもかかわらず、ノアの宣教によっても従わなかった人たちは救われることなく滅びました。ノアの家族8人だけが水をくぐって救われたのです。これは、救われるための水によるバプテスマをあらかじめ示しています。信じてバプテスマを受ける者は救われると書いてある通りです。バプテスマはキリストの十字架と復活を信じる信仰と共に働き、あなたを救うのです。神はノアを選び、契約を結び、彼に人類救済を託しました。神の愛と恵を決して無にしてはいけません。戸が閉じられてでは遅いのです。今日が悔い改めの日です。イエス様を心に受け入れて新しい人生を歩みましょう。

困難の中で前向きに生きる

2024年3月3日(日)主日礼拝説教ハレルヤチャペル滝沢牧師森田友明

<聖書>ネヘミヤ記1章1~11節
【新改訳2017】
1:1 ハカルヤの子ネヘミヤのことば。第二十年のキスレウの月に、私がスサの城にいたときのことであった。
1:2 私の兄弟の一人ハナニが、ユダから来た数人の者と一緒にやって来た。私は、捕囚されずに残された逃れの者であるユダヤ人たちについて、またエルサレムのことについて、彼らに尋ねた。
1:3 彼らは私に答えた。「あの州で捕囚を生き残った者たちは、大きな困難と恥辱の中にあります。そのうえ、エルサレムの城壁は崩され、その門は火で焼き払われたままです。」
1:4 このことばを聞いたとき、私は座り込んで泣き、数日の間嘆き悲しみ、断食して天の神の前に祈った。
1:5 「ああ、天の神、【主】よ。大いなる恐るべき神よ。主を愛し、主の命令を守る者に対して、契約を守り、恵みを下さる方よ。
1:6 どうか、あなたの耳を傾け、あなたの目を開いて、このしもべの祈りを聞いてください。私は今、あなたのしもべイスラエルの子らのために、昼も夜も御前に祈り、私たちがあなたに対して犯した、イスラエルの子らの罪を告白しています。まことに、私も私の父の家も罪を犯しました。
1:7 私たちはあなたに対して非常に悪いことをして、あなたのしもべモーセにお命じになった、命令も掟も定めも守りませんでした。
1:8 どうか、あなたのしもべモーセにお命じになったことばを思い起こしてください。『あなたがたが信頼を裏切るなら、わたしはあなたがたを諸国の民の間に散らす。
1:9 あなたがたがわたしに立ち返り、わたしの命令を守り行うなら、たとえ、あなたがたのうちの散らされた者が天の果てにいても、わたしは彼らをそこから集め、わたしの名を住まわせるためにわたしが選んだ場所に連れて来る。』
1:10 これらの者たちこそ、あなたがその偉大な力と力強い御手をもって贖い出された、あなたのしもべ、あなたの民です。
1:11 ああ、主よ。どうかこのしもべの祈りと、喜んであなたの名を恐れるあなたのしもべたちの祈りに耳を傾けてください。どうか今日、このしもべに幸いを見させ、この人の前で、あわれみを受けさせてくださいますように。」そのとき、私は王の献酌官であった。

<要約>

神から離れた人間社会の悲惨:

現代、多くの人々は真の神を認めず、神のみこころを求めず、神から遠く離れています。人の良心は曇り、利己的な願いを優先するので、戦争はやみません。世界は壊されて、がれきとなりつつあります。この地球も壊れてきていると言えます。聖書の預言通り終わりに向かって進んでいます。神から離れ、神のいのちを失っている人間は、罪と死と滅びの法則に乗っかって終わりに向かっていると言えます。神を無視している人間社会では、人間がいくら努力しても悪魔の力、そして、誰もが持つ罪の力に勝つことはできません。しかし、神はそのような人間社会を諦めていません。忍耐をもって救おうと決めたおられます。イスラエルを周辺諸国から救うためにネヘミアは必至で祈りました。そして、行動しました。主はそれに答えてくださいました。私たちクリスチャンの祈りも神は待っておられます。人々が真の神に立ち返るために始めに私たちがする行動は祈りです。私たちの周辺の社会のために、世界を破滅に向かわせているイスラエルとハマス、ロシアとウクライナの戦争の終結、平和と救いのために祈りたいと思います。

祈りに応え回復に導く神:

イスラエルは国を失い、困難と苦難の中にありました。ネヘミヤは、神の約束をにぎり、大胆にみ前で祈りました。神は、私たちの願いに耳を傾け、それを否定するのではなく、それをかなえようとなさる方です。神は祝福の神です。神は私たちが悔い改めて、真の神に立ち返ることを望んでおられます。そして、困難にもめげず、前を向いて歩んでいくことを求めておられるのです。聖書には肯定的な言葉にあふれています。マタイ25章にあるように、5タラント、2タラント、1タラントを預けられたしもべのたとえ話のようです。5タラントと2タラント任された人は積極的に用いてそれぞれさらに5タラント、2タラント儲けました。1タラントの人は、それを地に埋めておいたというのです。失敗を恐れず前向きに生きた2人には、神からの賞賛が届きました。それは、困難の中でも前向きに生きる人生です。神はそのようにあわれみに富んでおられます。なぜなら、御子を身代わりに十字架にかけることも惜しまずあなたを愛しておられるからです。ましてや神は私たちが滅びに行ってしまうのを決して望んでいません。忍耐を持って、神に立ち返るのを待っておられます。