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使徒の働き・主役は聖霊

2020年6 月21日
説教者:ハレルヤチャペル滝沢牧師  森田友明

<聖書>使徒の働き19章8~20節

【新改訳2017】
使
19:8 パウロは会堂に入って、三か月の間大胆に語り、神の国について論じて、人々を説得しようと努めた。
19:9 しかし、ある者たちが心を頑なにして聞き入れず、会衆の前でこの道のことを悪く言ったので、パウロは彼らから離れ、弟子たちも退かせて、毎日ティラノの講堂で論じた。
19:10 これが二年続いたので、アジアに住む人々はみな、ユダヤ人もギリシア人も主のことばを聞いた。
19:11 神はパウロの手によって、驚くべき力あるわざを行われた。
19:12 彼が身に着けていた手ぬぐいや前掛けを、持って行って病人たちに当てると、病気が去り、悪霊も出て行くほどであった。
19:13 ところが、ユダヤ人の巡回祈祷師のうちの何人かが、悪霊につかれている人たちに向かって、試しに主イエスの名を唱え、「パウロの宣べ伝えているイエスによって、おまえたちに命じる」と言ってみた。
19:14 このようなことをしていたのは、ユダヤ人の祭司長スケワという人の七人の息子たちであった。
19:15 すると、悪霊が彼らに答えた。「イエスのことは知っているし、パウロのこともよく知っている。しかし、おまえたちは何者だ。」
19:16 そして、悪霊につかれている人が彼らに飛びかかり、皆を押さえつけ、打ち負かしたので、彼らは裸にされ、傷を負ってその家から逃げ出した。
19:17 このことが、エペソに住むユダヤ人とギリシア人のすべてに知れ渡ったので、みな恐れを抱き、主イエスの名をあがめるようになった。
19:18 そして、信仰に入った人たちが大勢やって来て、自分たちのしていた行為を告白し、明らかにした。
19:19 また魔術を行っていた者たちが多数、その書物を持って来て、皆の前で焼き捨てた。その値段を合計すると、銀貨五万枚になった。
19:20 こうして、主のことばは力強く広まり、勢いを得ていった。

<要約>

聖霊の働きと奇跡

①聖霊は人とみことばを用いてイエスの福音を人々へ届ける

②聖書が完成される前の時代、奇跡は福音を信じる助けとなった

③現代は聖書が完成しているので聖霊はみことばと共に働いて人を信仰に導く

④最大の奇跡は、罪びとが悔い改めて主イエスを信じること

神を恐れ罪を悔い改め生きる

①人は神から遠く離れてしまったために神を恐れなくなった

②神を恐れなくなったために人は自分中心に生きている

③イエスは失われた人を探して救うために来られた

苦難を誇り栄光にあずかる

2020年6 月14日
説教者:ハレルヤチャペル滝沢牧師  森田友明

<聖書>エペソ書3章1~13節
3:1 こういうわけで、あなたがた異邦人のために、私パウロはキリスト・イエスの囚人となっています。
3:2 あなたがたのために私に与えられた神の恵みの務めについては、あなたがたはすでに聞いたことでしょう。
3:3 先に短く書いたとおり、奥義が啓示によって私に知らされました。
3:4 それを読めば、私がキリストの奥義をどう理解しているかがよく分かるはずです。
3:5 この奥義は、前の時代には、今のように人の子らに知らされていませんでしたが、今は御霊によって、キリストの聖なる使徒たちと預言者たちに啓示されています。
3:6 それは、福音により、キリスト・イエスにあって、異邦人も共同の相続人になり、ともに同じからだに連なって、ともに約束にあずかる者になるということです。
3:7 私は、神の力の働きによって私に与えられた神の恵みの賜物により、この福音に仕える者になりました。
3:8 すべての聖徒たちのうちで最も小さな私に、この恵みが与えられたのは、キリストの測り知れない富を福音として異邦人に宣べ伝えるためであり、
3:9 また、万物を創造した神のうちに世々隠されていた奥義の実現がどのようなものなのかを、すべての人に明らかにするためです。
3:10 これは、今、天上にある支配と権威に、教会を通して神のきわめて豊かな知恵が知らされるためであり、
3:11 私たちの主キリスト・イエスにおいて成し遂げられた、永遠のご計画によるものです。
3:12 私たちはこのキリストにあって、キリストに対する信仰により、確信をもって大胆に神に近づくことができます。
3:13 ですから、私があなたがたのために苦難にあっていることで、落胆することのないようお願いします。私が受けている苦難は、あなたがたの栄光なのです。

<要約>

「罪と死と滅び」からの救い

①生まれながらの人間はそのままではすべて「罪と死と滅び」の中にある

②聖書は聖霊によって動かされた人々によって書かれた救いを知らせる書

③聖書のテーマは、「救い主」の到来

④キリストはあなたを「罪と死と滅び」から救う

十字架と復活は永遠への希望を与える

①救いはキリストが成し遂げた十字架と復活を信じること

②信じる者には罪の赦しと復活の命が与えられる

③死の向こうにある滅びが復活の祝福に代えられる

④信じる者は苦難の背後に主の栄光を拝することができる

万民の望みを語るパウロ

2020年6 月7日
説教者:ハレルヤチャペル滝沢牧師  森田友明

聖書:使徒の働き28章16~31節


28:16 私たちがローマに入ったとき、パウロは、監視の兵士が付いてはいたが、一人で生活することを許された。
28:17 三日後、パウロはユダヤ人のおもだった人たちを呼び集めた。そして、彼らが集まったとき、こう言った。「兄弟たち。私は、民に対しても先祖の慣習に対しても、何一つ背くことはしていないにもかかわらず、エルサレムで囚人としてローマ人の手に渡されました。
28:18 彼らは私を取り調べましたが、私に死に値する罪が何もなかったので、釈放しようと思いました。
28:19 ところが、ユダヤ人たちが反対したため、私は仕方なくカエサルに上訴しました。自分の同胞を訴えようとしたわけではありません。
28:20 そういうわけで、私はあなたがたに会ってお話ししたいと願ったのです。私がこの鎖につながれているのは、イスラエルの望みのためです。」
28:21 すると、彼らはパウロに言った。「私たちは、あなたについて、ユダヤから何の通知も受け取っていません。また、ここに来た兄弟たちのだれかが、あなたについて何か悪いことを告げたり、話したりしたこともありません。
28:22 私たちは、あなたが考えておられることを、あなたから聞くのがよいと思っています。この宗派について、いたるところで反対があるということを、私たちは耳にしていますから。」
28:23 そこで彼らは日を定めて、さらに大勢でパウロの宿にやって来た。パウロは、神の国のことを証しし、モーセの律法と預言者たちの書からイエスについて彼らを説得しようと、朝から晩まで説明を続けた。
28:24 ある人たちは彼が語ることを受け入れたが、ほかの人たちは信じようとしなかった。
28:25 互いの意見が一致しないまま彼らが帰ろうとしたので、パウロは一言、次のように言った。「まさしく聖霊が、預言者イザヤを通して、あなたがたの先祖に語られたとおりです。
28:26 『この民のところに行って告げよ。あなたがたは聞くには聞くが、決して悟ることはない。見るには見るが、決して知ることはない。
28:27 この民の心は鈍くなり、耳は遠くなり、目は閉じているからである。彼らがその目で見ることも、耳で聞くことも、心で悟ることも、立ち返ることもないように。そして、わたしが癒やすこともないように。』
28:28 ですから、承知しておいてください。神のこの救いは、異邦人に送られました。彼らが聞き従うことになります。」
28:29 【本節欠如】
28:30 パウロは、まる二年間、自費で借りた家に住み、訪ねて来る人たちをみな迎えて、
28:31 少しもはばかることなく、また妨げられることもなく、神の国を宣べ伝え、主イエス・キリストのことを教えた。

要約:

イスラエルの望みは万民の望み:

①信仰に生きるとき今の不自由、困難、苦難も希望につながる

②信じる者は奪われることのない希望がある

③人は生まれながらの律法主義者である

④律法主義者には、神の恵みがわからない、罪の赦しがわからない

⑤すべての人の望みは十字架による罪の赦しと復活による永遠の命にある

全世界へ広がる希望の福音:

①神は御子の命に代えて救いの道を備えてくださった

②その神の真剣さと熱心が全世界に福音を届けている

幸せな人生への招き

2020年4 月5日
説教者:ハレルヤチャペル滝沢牧師  森田友明

<聖書>ヨハネの福音書5章1~18節

5:1 その後、ユダヤ人の祭りがあって、イエスはエルサレムに上られた。
5:2 エルサレムには、羊の門の近くに、ヘブル語でベテスダと呼ばれる池があり、五つの回廊がついていた。
5:3 その中には、病人、目の見えない人、足の不自由な人、からだに麻痺のある人たちが大勢、横になっていた。
5:4 【本節欠如】
5:5 そこに、三十八年も病気にかかっている人がいた。
5:6 イエスは彼が横になっているのを見て、すでに長い間そうしていることを知ると、彼に言われた。「良くなりたいか。」
5:7 病人は答えた。「主よ。水がかき回されたとき、池の中に入れてくれる人がいません。行きかけると、ほかの人が先に下りて行きます。」
5:8 イエスは彼に言われた。「起きて床を取り上げ、歩きなさい。」
5:9 すると、すぐにその人は治って、床を取り上げて歩き出した。ところが、その日は安息日であった。
5:10 そこでユダヤ人たちは、その癒やされた人に、「今日は安息日だ。床を取り上げることは許されていない」と言った。
5:11 しかし、その人は彼らに答えた。「私を治してくださった方が、『床を取り上げて歩け』と私に言われたのです。」
5:12 彼らは尋ねた。「『取り上げて歩け』とあなたに言った人はだれなのか。」
5:13 しかし、癒やされた人は、それがだれであるかを知らなかった。群衆がそこにいる間に、イエスは立ち去られたからである。
5:14 後になって、イエスは宮の中で彼を見つけて言われた。「見なさい。あなたは良くなった。もう罪を犯してはなりません。そうでないと、もっと悪いことがあなたに起こるかもしれない。」
5:15 その人は行って、ユダヤ人たちに、自分を治してくれたのはイエスだと伝えた。
5:16 そのためユダヤ人たちは、イエスを迫害し始めた。イエスが、安息日にこのようなことをしておられたからである。
5:17 イエスは彼らに答えられた。「わたしの父は今に至るまで働いておられます。それでわたしも働いているのです。」
5:18 そのためユダヤ人たちは、ますますイエスを殺そうとするようになった。イエスが安息日を破っていただけでなく、神をご自分の父と呼び、ご自分を神と等しくされたからである。

<要約>

新しい人生に招かれる主:

  • 真の神から離れた人生を生きる人は失われた人である
  • キリストは失われた人を探して救うために来られた
  • 人任せで無気力に流されていた人生が信仰により救われる
  • 日常のことを思い煩わないで願いを全能の父に申し上げる

神は失われた人を救うためにいのちの代価を払ってくださいました。それがイエス・キリストの十字架です。罪によって失われたいのちを神のひとり子のいのちに代えて買い戻してくださったのです。今、みことばを聞いている方々に罪の赦しと永遠のいのちが提供されています。キリストの十字架の贖いにより無代価で提供された罪の赦しです。そして同時に信じて受け止める者には罪が完全に赦されて決して滅びることのない永遠のいのちが与えられます。

律法(十戒)は幸せのルール:

  • 神は安息日にも休むことなく私たちのために働いておられる
  • 神は信じる者に将来と希望を与えてくださる
  • キリストを通して神と親子の関係に入れてくださる

神は、38年間病床に臥せっていたこの男に、「良くなりたいか」と声をかけられました。この言葉は、今日、みことばを聞くすべての人に投げかけられています。「良くなりたいか」。あるいは「幸せになりたいか」と言い換えることもできると思います。神はあなたに自由と幸せな人生を与えようとされています。その自由は、死からさえも自由にします。信じる者に将来と希望を与えてくださるのです。それが神の約束です。救い主イエス・キリストを信じて、神との親しい関係に入り、神の子供としてその祝福を受け継ぐ決断をしてみませんか。それは神のいのちにつながる永遠に続く素晴らしい祝福と恵みです。

新しい天と新しい地

2020年3 月15日
説教者:ハレルヤチャペル滝沢牧師  森田友明

<聖書>黙示録21章1~8節
21:1 また私は、新しい天と新しい地を見た。以前の天と以前の地は過ぎ去り、もはや海もない。
21:2 私はまた、聖なる都、新しいエルサレムが、夫のために飾られた花嫁のように整えられて、神のみもとから、天から降って来るのを見た。
21:3 私はまた、大きな声が御座から出て、こう言うのを聞いた。「見よ、神の幕屋が人々とともにある。神は人々とともに住み、人々は神の民となる。神ご自身が彼らの神として、ともにおられる。
21:4 神は彼らの目から涙をことごとくぬぐい取ってくださる。もはや死はなく、悲しみも、叫び声も、苦しみもない。以前のものが過ぎ去ったからである。」
21:5 すると、御座に座っておられる方が言われた。「見よ、わたしはすべてを新しくする。」また言われた。「書き記せ。これらのことばは真実であり、信頼できる。」
21:6 また私に言われた。「事は成就した。わたしはアルファであり、オメガである。初めであり、終わりである。わたしは渇く者に、いのちの水の泉からただで飲ませる。
21:7 勝利を得る者は、これらのものを相続する。わたしは彼の神となり、彼はわたしの子となる。
21:8 しかし、臆病な者、不信仰な者、忌まわしい者、人を殺す者、淫らなことを行う者、魔術を行う者、偶像を拝む者、すべて偽りを言う者たちが受ける分は、火と硫黄の燃える池の中にある。これが第二の死である。」

<要約>

神が共に住み悪いものは過ぎ去る:

  • やがて今の世は過ぎ去り、新天新地が創造されます。
  • 新天新地には永遠の住みか新しいエルサレムが準備されます。
  • 十字架を信じ罪赦されてシミも汚れも除かれた聖なる者が新しいエルサレムに招かれます。
  • そこでは一切の悪や罪は過ぎ去り神と人が共に住むこと。それは神の目的です。

聖書の約束は成就しこの世の終わりの時が来ます。信じる者には、新しいいのちの始まりです。誰でも、第一の死を通過しなければなりません。しかし、その後、信じる者は復活し、新天新地で新しいエルサレムで永遠を過ごすのです。悲しみ、苦しみは過ぎ去り、喜びと感謝があふれている新しいいのちです。

すべてが新しくされ信者は勝利の中に永遠の御国に入る

  • 神は常に新しい創造をなさっています。キリストを信じた者は新しく生まれたものです。
  • 真の勝利者は自分の罪を認めて自分に死んで神を見上げて救われる人です。
  • キリストは最初であり終わりです。万物の創造者であり、存在の目的でもあります。いのちの根源です。

キリストは世を救うために来られました。そして、すべての人の罪を贖うために2千年前に十字架で身代わりの死を遂げました。それは、「あなたがあなたの罪ゆえに滅ぼされることのないためです。キリストはあなたが受けるべき罪の罰を代わりに受けてくださったことによります。」やがて、キリストは審判者として来られます。それまでの、時代は「恵みの時代、救いの日」であると聖書は宣言しています。今日、イエス・キリストをあなたの救い主として信じてください。

福音による真に幸いな人生

2020年3 月8日
説教者:ハレルヤチャペル滝沢牧師  森田友明

<聖書>Ⅰコリント15章1~20節
15:1 兄弟たち。私があなたがたに宣べ伝えた福音を、改めて知らせます。あなたがたはその福音を受け入れ、その福音によって立っているのです。
15:2 私がどのようなことばで福音を伝えたか、あなたがたがしっかり覚えているなら、この福音によって救われます。そうでなければ、あなたがたが信じたことは無駄になってしまいます。
15:3 私があなたがたに最も大切なこととして伝えたのは、私も受けたことであって、次のことです。キリストは、聖書に書いてあるとおりに、私たちの罪のために死なれたこと、
15:4 また、葬られたこと、また、聖書に書いてあるとおりに、三日目によみがえられたこと、
15:5 また、ケファに現れ、それから十二弟子に現れたことです。
15:6 その後、キリストは五百人以上の兄弟たちに同時に現れました。その中にはすでに眠った人も何人かいますが、大多数は今なお生き残っています。
15:7 その後、キリストはヤコブに現れ、それからすべての使徒たちに現れました。
15:8 そして最後に、月足らずで生まれた者のような私にも現れてくださいました。
15:9 私は使徒の中では最も小さい者であり、神の教会を迫害したのですから、使徒と呼ばれるに値しない者です。
15:10 ところが、神の恵みによって、私は今の私になりました。そして、私に対するこの神の恵みは無駄にはならず、私はほかのすべての使徒たちよりも多く働きました。働いたのは私ではなく、私とともにあった神の恵みなのですが。
15:11 とにかく、私にせよ、ほかの人たちにせよ、私たちはこのように宣べ伝えているのであり、あなたがたはこのように信じたのです。
15:12 ところで、キリストは死者の中からよみがえられたと宣べ伝えられているのに、どうして、あなたがたの中に、死者の復活はないと言う人たちがいるのですか。
15:13 もし死者の復活がないとしたら、キリストもよみがえらなかったでしょう。
15:14 そして、キリストがよみがえらなかったとしたら、私たちの宣教は空しく、あなたがたの信仰も空しいものとなります。
15:15 私たちは神についての偽証人ということにさえなります。なぜなら、かりに死者がよみがえらないとしたら、神はキリストをよみがえらせなかったはずなのに、私たちは神がキリストをよみがえらせたと言って、神に逆らう証言をしたことになるからです。
15:16 もし死者がよみがえらないとしたら、キリストもよみがえらなかったでしょう。
15:17 そして、もしキリストがよみがえらなかったとしたら、あなたがたの信仰は空しく、あなたがたは今もなお自分の罪の中にいます。
15:18 そうだとしたら、キリストにあって眠った者たちは、滅んでしまったことになります。
15:19 もし私たちが、この地上のいのちにおいてのみ、キリストに望みを抱いているのなら、私たちはすべての人の中で一番哀れな者です。
15:20 しかし、今やキリストは、眠った者の初穂として死者の中からよみがえられました。

福音の最も大切なこと:

  • イエスの十字架はあなたの罪を赦し、イエスの復活はあなたのいのちを保証する
  • 福音を信じると困難があっても喜びと感謝と希望に生きることができる
  • 福音はキリストの十字架と復活という歴史的事実に根拠を置いている
  • この福音は二千年来、信仰により受け語り伝えられてきた。無数の証人がいる。

パウロは最も大切なことの中に、復活のイエス様にあって救われた多くの人々の事を挙げている。それは、多くの人々がこの福音によって、人生が変えられて、迫害をも恐れないで、大胆に喜びと感謝をもって生きてきた。コリント教会の信者の中にもそのような人々がいたでしょう。福音によって神の力を体験した典型的な例がパウロその人である。

福音は人生を変える神の力

  • 復活のキリストに会ったパウロは迫害者から宣教者へ大転換した。
  • 福音を信じたとき生きる意味と人生の目的が分かり前向きに生きるようになった
  • 復活の信仰がなければ、死んだら終りの人生となる
  • 復活のキリストに出会って死に打ち勝ち人生を変えられた無数の証人がいる

キリストの十字架と復活は、すべての人の罪を赦し、永遠の命与えるために神がなしてくださった歴史的事実だ。そして、キリストによって全ての人が生かされる。キリストを信じて、復活のいのちを自分のものとしているものは、最も幸せな人生を送るものとなる。

キリスト再臨の備え

2020年3 月1日
説教者:ハレルヤチャペル滝沢牧師  森田友明

<聖書>Ⅰテサロニケ5章1~11節
5:1 兄弟たち。その時と時期については、あなたがたに書き送る必要はありません。
5:2 主の日は、盗人が夜やって来るように来ることを、あなたがた自身よく知っているからです。
5:3 人々が「平和だ、安全だ」と言っているとき、妊婦に産みの苦しみが臨むように、突然の破滅が彼らを襲います。それを逃れることは決してできません。
5:4 しかし、兄弟たち。あなたがたは暗闇の中にいないので、その日が盗人のようにあなたがたを襲うことはありません。
5:5 あなたがたはみな、光の子ども、昼の子どもなのです。私たちは夜の者、闇の者ではありません。
5:6 ですから、ほかの者たちのように眠っていないで、目を覚まし、身を慎んでいましょう。
5:7 眠る者は夜眠り、酔う者は夜酔うのです。
5:8 しかし、私たちは昼の者なので、信仰と愛の胸当てを着け、救いの望みというかぶとをかぶり、身を慎んでいましょう。
5:9 神は、私たちが御怒りを受けるようにではなく、主イエス・キリストによる救いを得るように定めてくださったからです。
5:10 主が私たちのために死んでくださったのは、私たちが、目を覚ましていても眠っていても、主とともに生きるようになるためです。
5:11 ですからあなたがたは、現に行っているとおり、互いに励まし合い、互いを高め合いなさい。

<要約>

再臨がもたらす裁きと救い:

  • 再臨の時には、世に裁きが行われると同時に救いが成就する
  • 再臨の時、信者は復活し天に挙げられ、いつまでも主と共に生きる
  • 再臨はいつ来るかわからないが確実に来る。現代は、近いことが分かる。
  • 再臨に備え、キリストを信じて闇の者から光の子とされましょう

再臨の日は、キリストを知らず、認めず、神から遠く離れている者にとっては突如として襲う滅びです。しかし、キリストにある者にとっては、それは、救いであり希望であります。ですから、キリストを信じて光の子とされましょう。

闇ではなく光を選び取っていく幸い:

  • 以前は闇の中にいたがキリストを信じて光の中へ移された
  • 闇でなく光を選ぶとき祝福の法則が動く
  • 心の闇に神は光を与えて、罪を赦し、暗闇を取り除いてくださる
  • イエス・キリストを信じる者は永遠に主と共に生きる

キリストの再臨の備えは、特別なことではなく、現に行っているように、互いに励まし合い、互いに高め合いなさいというのです。それは、集まることをやめてしまうのではなく、今までの様に、信者は交わりを保ち、礼拝を守り、互いに励まし、愛し合い、得を高め合い、信仰と希望と愛に生きなさいということです。これが、今日の結論ということができます。

赦すためです主の十字架

2020年2月23日
説教者:ハレルヤチャペル滝沢牧師  森田友明

<聖書>マタイの福音書27章27~44節
27:27 それから、総督の兵士たちはイエスを総督官邸の中に連れて行き、イエスの周りに全部隊を集めた。
27:28 そしてイエスが着ていた物を脱がせて、緋色のマントを着せた。
27:29 それから彼らは茨で冠を編んでイエスの頭に置き、右手に葦の棒を持たせた。そしてイエスの前にひざまずき、「ユダヤ人の王様、万歳」と言って、からかった。
27:30 またイエスに唾をかけ、葦の棒を取り上げて頭をたたいた。
27:31 こうしてイエスをからかってから、マントを脱がせて元の衣を着せ、十字架につけるために連れ出した。
27:32 兵士たちが出て行くと、シモンという名のクレネ人に出会った。彼らはこの人に、イエスの十字架を無理やり背負わせた。
27:33 ゴルゴタと呼ばれている場所、すなわち「どくろの場所」に来ると、
27:34 彼らはイエスに、苦みを混ぜたぶどう酒を飲ませようとした。イエスはそれをなめただけで、飲もうとはされなかった。
27:35 彼らはイエスを十字架につけてから、くじを引いてその衣を分けた。
27:36 それから腰を下ろし、そこでイエスを見張っていた。
27:37 彼らは、「これはユダヤ人の王イエスである」と書かれた罪状書きをイエスの頭の上に掲げた。
27:38 そのとき、イエスと一緒に二人の強盗が、一人は右に、一人は左に、十字架につけられていた。
27:39 通りすがりの人たちは、頭を振りながらイエスをののしった。
27:40 「神殿を壊して三日で建てる人よ、もしおまえが神の子なら自分を救ってみろ。そして十字架から降りて来い。」
27:41 同じように祭司長たちも、律法学者たち、長老たちと一緒にイエスを嘲って言った。
27:42 「他人は救ったが、自分は救えない。彼はイスラエルの王だ。今、十字架から降りてもらおう。そうすれば信じよう。
27:43 彼は神に拠り頼んでいる。神のお気に入りなら、今、救い出してもらえ。『わたしは神の子だ』と言っているのだから。」
27:44 イエスと一緒に十字架につけられた強盗たちも、同じようにイエスをののしった。

<要約>

私がイエスを十字架につけたのです:

  • 多くの人々は神が近くに居られるのに偏見で見ることができない
  • 神に頼るのは弱い人間と決めつけるのは、自分は神以上だと思っている人
  • 多くの人々が「神がいるなら世界を救え。そうしたら信じてやる」という。
  • 「イエスの十字架が私の罪のため」と分かることが信仰の第一歩

皆さんにお訊ねします。イエス・キリストを十字架につけたのはあなたですか?とんでもない。2000年前の出来事にどうして現代の私に責任があるというのか。もしあなたが、自分とは関係の無いことであると考えているなら、聖書にあるとおり、神の力を体験することはできません。信じて救われてください。

全能の力であなたを愛し赦す神:

  • イエスは人の罪の呪いを身代わりになって十字架で負われた
  • 神の義は人の罪を正しく裁くvs神の愛は人の罪を無代価で赦す
  • 神は御子の十字架で、二つの相矛盾する御思いに筋を通した

「十字架のことばは、救いを受ける私たちには、神の力です。」十字架のことば、それは罪の赦しです。素直に十字架の赦しを受けるならば、神の怒りが取り除かれて、その人は救われて永遠のいのちに生きます。しかし、十字架を無視する人は裁かれて永遠の滅びに向かいます。イエス・キリストの十字架は今日みことばを聞くあなたのためです。そのことを信じて罪赦されて永遠のいのちに生きることができますように祈ります。

ゲッセマネ、イエスの悲しみと勝利

2020年2月16日
説教者:ハレルヤチャペル滝沢牧師  森田友明

<聖書>マタイの福音書26章36~46節
26:36 それから、イエスは弟子たちと一緒にゲツセマネという場所に来て、彼らに「わたしがあそこに行って祈っている間、ここに座っていなさい」と言われた。
26:37 そして、ペテロとゼベダイの子二人を一緒に連れて行かれたが、イエスは悲しみもだえ始められた。
26:38 そのとき、イエスは彼らに言われた。「わたしは悲しみのあまり死ぬほどです。ここにいて、わたしと一緒に目を覚ましていなさい。」
26:39 それからイエスは少し進んで行って、ひれ伏して祈られた。「わが父よ、できることなら、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。しかし、わたしが望むようにではなく、あなたが望まれるままに、なさってください。」
26:40 それから、イエスは弟子たちのところに戻って来て、彼らが眠っているのを見、ペテロに言われた。「あなたがたはこのように、一時間でも、わたしとともに目を覚ましていられなかったのですか。
26:41 誘惑に陥らないように、目を覚まして祈っていなさい。霊は燃えていても肉は弱いのです。」
26:42 イエスは再び二度目に離れて行って、「わが父よ。わたしが飲まなければこの杯が過ぎ去らないのであれば、あなたのみこころがなりますように」と祈られた。
26:43 イエスが再び戻ってご覧になると、弟子たちは眠っていた。まぶたが重くなっていたのである。
26:44 イエスは、彼らを残して再び離れて行き、もう一度同じことばで三度目の祈りをされた。
26:45 それから、イエスは弟子たちのところに来て言われた。「まだ眠って休んでいるのですか。見なさい。時が来ました。人の子は罪人たちの手に渡されます。
26:46 立ちなさい。さあ、行こう。見なさい。わたしを裏切る者が近くに来ています。」

<要約>

共に祈るとき悲しみは半減し喜びは二倍となる:

  • イエスは、苦しみも悲しみも分かち合える友を求めておられる。
  • イエスは、あなたに切なる祈りを要請しておられる。
  • 教会の交わりは、「喜ぶ者と喜び、悲しむ者と悲しむ」のである

私たちが一緒に礼拝し、一緒に祈ることの大きな意義がそこにあります。イエス様と共に歩み、ともに苦しみ、ともに喜ぶことを私たちは続けなければなりません。教会はイエス様を中心とした兄弟姉妹の交わりです。私たちは試練にあっても祈り支え合うのです。さらに、クリスチャンは教会から出て、隣人に対しても、一緒にイエス様に祈ることを広げていくことが大切です。共に喜ぶとき、喜びは倍になり、共に悲しむとき、悲しみは半分になる、それは、万有引力の法則の様に確かな霊的法則です。

イエスはあなたを救うために十字架に向かって立ち上がられた:

  • 生まれながらの人は自らの罪により滅びへと向かっている
  • イエスは滅びへと向かっている人々を惜しまれ、悲しまれている
  • 創り主がおられることは偏見のない目で自然界を見れば明らかである
  • イエスは、死の向こうに復活と永遠のいのちの希望を示された

イエス様は、祈りぬかれて、最後に「立ちなさい。さあ、行くのです。」と堂々と足を踏み出し目前の十字架に向かいました。この後、捕えられて裁判にかけられ、十字架につけられて殺され葬られましたが、三日目によみがえり、40日間弟子たちに現れて、オリーブ山で弟子たちが見ている前で天に昇って行かれました。そして再び来られると約束しました。イエス様は死は絶望ではなくその向こうにある復活と永遠のいのちを示してくださいました。そして、この復活と永遠のいのちは信じる者すべての人に与えられるプレゼントです。イエス様を信じて救われましょう。

洗足、十字架、極みの愛

2020年2月9日
説教者:ハレルヤチャペル滝沢牧師  森田友明

<聖書>ヨハネ13章1~14節
13:1 さて、過越の祭りの前のこと、イエスは、この世を去って父のみもとに行く、ご自分の時が来たことを知っておられた。そして、世にいるご自分の者たちを愛してきたイエスは、彼らを最後まで愛された。
13:2 夕食の間のこと、悪魔はすでにシモンの子イスカリオテのユダの心に、イエスを裏切ろうという思いを入れていた。
13:3 イエスは、父が万物をご自分の手に委ねてくださったこと、またご自分が神から出て、神に帰ろうとしていることを知っておられた。
13:4 イエスは夕食の席から立ち上がって、上着を脱ぎ、手ぬぐいを取って腰にまとわれた。
13:5 それから、たらいに水を入れて、弟子たちの足を洗い、腰にまとっていた手ぬぐいでふき始められた。
13:6 こうして、イエスがシモン・ペテロのところに来られると、ペテロはイエスに言った。「主よ、あなたが私の足を洗ってくださるのですか。」
13:7 イエスは彼に答えられた。「わたしがしていることは、今は分からなくても、後で分かるようになります。」
13:8 ペテロはイエスに言った。「決して私の足を洗わないでください。」イエスは答えられた。「わたしがあなたを洗わなければ、あなたはわたしと関係ないことになります。」
13:9 シモン・ペテロは言った。「主よ、足だけでなく、手も頭も洗ってください。」
13:10 イエスは彼に言われた。「水浴した者は、足以外は洗う必要がありません。全身がきよいのです。あなたがたはきよいのですが、皆がきよいわけではありません。」
13:11 イエスはご自分を裏切る者を知っておられた。それで、「皆がきよいわけではない」と言われたのである。
13:12 イエスは彼らの足を洗うと、上着を着て再び席に着き、彼らに言われた。「わたしがあなたがたに何をしたのか分かりますか。
13:13 あなたがたはわたしを『先生』とか『主』とか呼んでいます。そう言うのは正しいことです。そのとおりなのですから。
13:14 主であり、師であるこのわたしが、あなたがたの足を洗ったのであれば、あなたがたもまた、互いに足を洗い合わなければなりません。

<要約>

洗足により極みまで愛してくださる神:

  • 神が無になり仕える者となってあなたに行動を起こしておられる
  • 神は神に敵する者をも極みまで愛される
  • 神に汚れた足を差し出し洗っていただく謙虚さと勇気を神は喜ばれる
  • あなたのいのちが救われるためにイエス様は十字架であなたの身代わりとなった
  • あなたがイエス様に心を開いて罪をきよめていただくときイエス様の弟子となる

皆さんは、イエス様があなたをその極みまで愛しておられるということばを信じていますか。今も生きておられここにおられるイエス様が、「わたしはあなたを完全に、極みまで、この上もなく愛しているのだよ」と宣言しておられます。それは無条件の愛です。イエス様はユダも愛していました。罪人を愛されているということがわかります。しかし、ユダはその愛を受け止めないで、悔い改めることなく裏切り、ついには自殺してしまいました。私たちはユダにならないでイエス様のこの愛を素直に受け止めましょう。

互いに赦し合い互いに仕えあう:

  • イエス様は模範を示し、お互いに赦し合い仕え合いなさいと言われた
  • 無条件の罪の赦しはこの世にはない、神の国の出張所である教会にはある

私たちは兄弟姉妹の罪を赦すのです。それが、互いに足を洗うことの意味です。クリスチャンは日ごとに主に足を洗っていただく者であり、同時に兄弟姉妹の足を洗う者たちです。キリストの弟子である私たちクリスチャンはお互いに仕えあうことによってその愛を全うしなさいというのです。