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ダビデの子孫キリストの王国

2020年11月29日礼拝説教 森田友明 牧師

<聖書>Ⅱサムエル記7:5~17
7:5 「行って、わたしのしもべダビデに言え。『【主】はこう言われる。あなたがわたしのために、わたしの住む家を建てようというのか。
7:6 わたしは、エジプトからイスラエルの子らを連れ上った日から今日まで、家に住んだことはなく、天幕、幕屋にいて、歩んできたのだ。
7:7 わたしがイスラエルの子らのすべてと歩んだところどこででも、わたしが、わたしの民イスラエルを牧せよと命じたイスラエル部族の一つにでも、「なぜ、あなたがたはわたしのために杉材の家を建てなかったのか」と、一度でも言ったことがあっただろうか。』
7:8 今、わたしのしもべダビデにこう言え。『万軍の【主】はこう言われる。わたしはあなたを、羊の群れを追う牧場から取り、わが民イスラエルの君主とした。
7:9 そして、あなたがどこに行っても、あなたとともにいて、あなたの前であなたのすべての敵を絶ち滅ぼした。わたしは地の大いなる者たちの名に等しい、大いなる名をあなたに与えてきた。
7:10 わが民イスラエルのために、わたしは一つの場所を定め、民を住まわせてきた。それは、民がそこに住み、もはや恐れおののくことのないように、不正な者たちも、初めのころのように、重ねて民を苦しめることのないようにするためであった。
7:11 それは、わたしが、わが民イスラエルの上にさばきつかさを任命して以来のことである。こうして、わたしはあなたにすべての敵からの安息を与えたのである。【主】はあなたに告げる。【主】があなたのために一つの家を造る、と。
7:12 あなたの日数が満ち、あなたが先祖とともに眠りにつくとき、わたしは、あなたの身から出る世継ぎの子をあなたの後に起こし、彼の王国を確立させる。
7:13 彼はわたしの名のために一つの家を建て、わたしは彼の王国の王座をとこしえまでも堅く立てる。
7:14 わたしは彼の父となり、彼はわたしの子となる。彼が不義を行ったときは、わたしは人の杖、人の子のむちをもって彼を懲らしめる。
7:15 しかしわたしの恵みは、わたしが、あなたの前から取り除いたサウルからそれを取り去ったように、彼から取り去られることはない。
7:16 あなたの家とあなたの王国は、あなたの前にとこしえまでも確かなものとなり、あなたの王座はとこしえまでも堅く立つ。』」
7:17 ナタンはこれらすべてのことばを、この幻のすべてを、そのままダビデに告げた。

<要約>

神が用意された天国へ行く道:

聖書は、イエス・キリスト通して、罪赦されて永遠のいのちに生きる、と教えています。それが、「わたしは道であり、真理であり、いのちです。私を通してでなければ、だれも父のもとに行くことはできません。」と言われたイエス・キリストです。人が天国へ行くための唯一の道です。それを無視して、神に近づくことはできません。人が天国に行けるかどうかについて、人はジャッジできません。それは、神が決めることです。イエス・キリストこそが、神が用意してくださった天国への道だからです。

みことばにより神のしもべに徹して生きる:

ダビデが、「神のしもべである」ことを確認させられたようにあなたは神との関係を正さなければなりません。人間が神との関係を修正すると主の祝福と恵みが流れていきます。水が高いところから低いところへ流れていくように、神の祝福はへりくだった者へ流れるのです。これは霊的法則です。それゆえ、人間は最初に低くされる必要があります。その時、神の驚くべき恩寵がその人に流れていくのです。神の恵みと祝福の人生を歩みたいと願うなら、神のしもべに徹して生きることです

とこしえまでも続くキリストの王国:

聖書にある神の約束は、遠い昔の話ではありません。神の約束は変わりません。そして、必ず成就します。ダビデの時代から三千年が経ちましたが、ダビデへの約束は見事に成就しています。私たちキリスト信者はキリストによって打ち立てられた王国の国民です。神は、あなたが神との関係を取り戻すように、今日もあなたを招いています。

ダビデの信仰に学ぶ

2020年11月22日
説教者:ハレルヤチャペル滝沢牧師  森田友明

<聖書>Ⅰサムエル26:8~21
26:8 アビシャイはダビデに言った。「神は今日、あなたの敵をあなたの手に渡されました。どうか私に、槍で一気に彼を地面に突き刺させてください。二度することはしません。」
26:9 ダビデはアビシャイに言った。「殺してはならない。【主】に油注がれた方に手を下して、だれが罰を免れるだろうか。」
26:10 ダビデは言った。「【主】は生きておられる。【主】は必ず彼を打たれる。時が来て死ぬか、戦いに下ったときに滅びるかだ。
26:11 私が【主】に逆らって、【主】に油注がれた方に手を下すなど、絶対にあり得ないことだ。さあ、今は、枕もとにある槍と水差しを取って、ここから出て行こう。」
26:12 ダビデはサウルの枕もとの槍と水差しを取り、二人は立ち去ったが、だれ一人としてこれを見た者も、気づいた者も、目を覚ました者もいなかった。【主】が彼らを深い眠りに陥れられたので、みな眠り込んでいたのである。
26:13 ダビデは向こう側へ渡って行き、遠く離れた山の頂上に立った。彼らの間には、大きな隔たりがあった。
26:14 ダビデは、兵たちとネルの子アブネルに呼びかけて言った。「アブネル、返事をしないのか。」アブネルは答えて言った。「王を呼びつけるおまえはだれだ。」
26:15 ダビデはアブネルに言った。「おまえは男ではないか。イスラエル中で、おまえに並ぶ者があるだろうか。おまえはなぜ、自分の主君である王を護衛していなかったのか。兵の一人が、おまえの主君である王を殺しに入り込んだのだ。
26:16 おまえのやったことは良くない。【主】に誓って言うが、おまえたちは死に値する。おまえたちの主君、【主】に油注がれた方を護衛していなかったのだから。今、王の枕もとにあった槍と水差しが、どこにあるか見てみよ。」
26:17 サウルはダビデの声と気づいて、言った。「わが子ダビデよ、これはおまえの声ではないか。」ダビデは答えた。「わが君、王様。私の声です。」
26:18 そして言った。「なぜ、わが君はこのしもべの後を追われるのですか。私が何をしたというのですか。私の手に、どんな悪があるというのですか。
26:19 わが君、王様。どうか今、しもべのことばを聞いてください。もし私に敵対するようあなたに誘いかけたのが【主】であれば、主がささげ物を受け入れられますように。しかし、それが人によるのであれば、その人たちが【主】の前でのろわれますように。彼らは今日、私を追い払って、【主】のゆずりの地にあずからせず、『行って、ほかの神々に仕えよ』と言っているからです。
26:20 どうか今、私の血が【主】の御顔から離れた地に流されることがありませんように。イスラエルの王が、山でしゃこを追うように、一匹の蚤を狙って出て来ておられるのですから。」
26:21 サウルは言った。「私が間違っていた。わが子ダビデよ、帰って来なさい。もう、おまえに害を加えない。今日、おまえが私のいのちを尊んでくれたのだから。本当に私は愚かなことをして、大変な間違いを犯した。」

とこしえの恵みを受け取る

2020年11月15日 ハレルヤチャペル滝沢牧師
            森田友明

<聖書>Ⅰサムエル記20:3~17
20:3 ダビデはなおも誓って言った。「父上は、私があなたのご好意を受けていることを、よくご存じです。『ヨナタンが悲しまないように、このことを知らせないでおこう』と思っておられるのです。けれども、【主】は生きておられます。あなたのたましいも生きておられます。私と死の間には、ほんの一歩の隔たりしかありません。」
20:4 ヨナタンはダビデに言った。「あなたの言われることは、何でもあなたのためにします。」
20:5 ダビデはヨナタンに言った。「明日はちょうど新月祭で、私は王と一緒に食事の席に着かなければなりません。でも、私を行かせて、三日目の夕方まで、野に隠れさせてください。
20:6 もし、父上が私のことをとがめたら、おっしゃってください。『ダビデは自分の町ベツレヘムへ急いで行きたいと、しきりに頼みました。あそこで彼の氏族全体のために、年ごとのいけにえを献げることになっているからです』と。
20:7 もし父上が『良し』とおっしゃれば、あなたのしもべは安全です。もし激しくお怒りになれば、私に害を加える決心をしておられると思ってください。
20:8 どうか、このしもべに真実を尽くしてください。【主】に誓って、しもべと契約を結んでくださったのですから。もし私に咎があれば、あなたが私を殺してください。どうして父上のところにまで、私を連れ出す必要があるでしょうか。」
20:9 ヨナタンは言った。「とんでもないことです。父があなたに害を加える決心をしていることが確かに分かったら、あなたに知らせないでおくはずはありません。」
20:10 ダビデはヨナタンに言った。「もし父上が厳しい返事をなさったら、だれが私に知らせてくださいますか。」
20:11 ヨナタンはダビデに言った。「野に出ましょう。」それで、二人は野に出た。
20:12 ヨナタンはダビデに言った。「イスラエルの神、【主】にかけて誓います。明日かあさっての今ごろまでに、父がダビデに対して寛大であるかを探ってみます。寛大でなければ、必ず人を遣わして、あなたの耳に入れます。
20:13 もし父が、あなたに害を加えようと思っているのに、それをあなたの耳に入れず、あなたを無事に逃がさなかったなら、【主】がこのヨナタンを幾重にも罰せられますように。【主】が父とともにおられたように、あなたとともにおられますように。
20:14 もし私がこれ以上生きるべきではないのなら、あなたは、【主】の恵みを私に施して、私が死ぬことのないようにする必要はありません。
20:15 しかし、あなたの恵みを私の家からとこしえに断たないでください。【主】がダビデの敵を地の面から一人残らず断たれるときにも。」
20:16 ヨナタンはダビデの家と契約を結んだ。「【主】がダビデの敵に血の責めを問われますように。」
20:17 ヨナタンは、ダビデに対する愛のゆえに、もう一度ダビデに誓わせた。ヨナタンは、自分を愛するほどにダビデを愛していたからである。

王なるイエス・キリスト

2020年11月01日
説教者:ハレルヤチャペル滝沢牧師  森田友明

<聖書>Ⅰサムエル記8章1~9,19~22節
8:1 サムエルは、年老いたとき、息子たちをイスラエルのさばきつかさとして任命した。
8:2 長男の名はヨエル、次男の名はアビヤであった。彼らはベエル・シェバでさばきつかさをしていた。
8:3 しかし、この息子たちは父の道に歩まず、利得を追い求め、賄賂を受け取り、さばきを曲げていた。
8:4 イスラエルの長老たちはみな集まり、ラマにいるサムエルのところにやって来て、
8:5 彼に言った。「ご覧ください。あなたはお年を召し、ご子息たちはあなたの道を歩んでいません。どうか今、ほかのすべての国民のように、私たちをさばく王を立ててください。」
8:6 彼らが、「私たちをさばく王を私たちに与えてください」と言ったとき、そのことばはサムエルの目には悪しきことであった。それでサムエルは【主】に祈った。
8:7 【主】はサムエルに言われた。「民があなたに言うことは何であれ、それを聞き入れよ。なぜなら彼らは、あなたを拒んだのではなく、わたしが王として彼らを治めることを拒んだのだから。
8:8 わたしが彼らをエジプトから連れ上った日から今日に至るまで、彼らのしたことといえば、わたしを捨てて、ほかの神々に仕えることだった。そのように彼らは、あなたにもしているのだ。
8:9 今、彼らの声を聞き入れよ。ただし、彼らに自分たちを治める王の権利をはっきりと宣言せよ。」

8:19 しかし民は拒んで、サムエルの言うことを聞こうとしなかった。そして言った。「いや。どうしても、私たちの上には王が必要です。
8:20 そうすれば私たちもまた、ほかのすべての国民のようになり、王が私たちをさばき、私たちの先に立って出陣し、私たちの戦いを戦ってくれるでしょう。」
8:21 サムエルは、民のすべてのことばを聞いて、それを【主】の耳に入れた。
8:22 【主】はサムエルに言われた。「彼らの言うことを聞き、彼らのために王を立てよ。」それで、サムエルはイスラエルの人々に「それぞれ自分の町に帰りなさい」と言った。

<要約>

目に見えるものより目に見えない神に頼る:

信仰は目に見えないものを確信することです。信仰者は目に見えないけれどもともにおられる神を今日も心の中心において歩むのです。そのような信仰を主は喜んでくださいます。神は何を嘆かれるのでしょうか。それは、神の御思いよりも信者が自分の思いを優先することです。神の嘆きを軽視してはいけません。神のあなたへのみ思いを退けてはなりません。

キリストのゆえに罪過ちを益と変えてくださる神:

歴史をつくられる神は、今私たちが抱えているマイナスと思われるようなこともプラスに変えてくださる方です。神はいない、神は必要ないと言って、神を退けてきたあなたの願いにも耳を傾けてくださり、忍耐をもって待っておられます。すべてのマイナスはプラスに変えられる。あなたの過去から現在に至るまで、あなたの人生を導いてこられたのは神です。そして今神はあなたに個人的に語り掛けておられます。「わたしに来なさい」と。神に委ねる人生を送ってみませんか。

あなたの王となってくださるキリスト:

神の国の王であるキリストは、ご自身の民のためにいのちを捨てます。イエス様は言われました。「わたしがこの世のものでないように、彼らもこの世のものではありません。」クリスチャンはこの世にあっても世のものではないのです。ですから、世にあっては様々な困難や試練がありますが、イエス様は圧倒的な勝利者として、信じる者たちを保証してくださっています。私たちクリスチャンは、先に救われたものとして、まだ、御国の民に移されていない人のために祈り導く役目が与えられています。教会に連れてきましょう。そして、福音に触れさせるのです。

約束と信仰と救い

2020年10月25日
説教者:ハレルヤチャペル滝沢牧師  森田友明

<聖書>ガラテヤ3章15~29節
3:15 兄弟たちよ、人間の例で説明しましょう。人間の契約でも、いったん結ばれたら、だれもそれを無効にしたり、それにつけ加えたりはしません。
3:16 約束は、アブラハムとその子孫に告げられました。神は、「子孫たちに」と言って多数を指すことなく、一人を指して「あなたの子孫に」と言っておられます。それはキリストのことです。
3:17 私の言おうとしていることは、こうです。先に神によって結ばれた契約を、その後四百三十年たってできた律法が無効にし、その約束を破棄することはありません。
3:18 相続がもし律法によるなら、もはやそれは約束によるのではありません。しかし、神は約束を通して、アブラハムに相続の恵みを下さったのです。
3:19 それでは、律法とは何でしょうか。それは、約束を受けたこの子孫が来られるときまで、違反を示すためにつけ加えられたもので、御使いたちを通して仲介者の手で定められたものです。
3:20 仲介者は、当事者が一人であれば、いりません。しかし約束をお与えになった神は唯一の方です。
3:21 それでは、律法は神の約束に反するのでしょうか。決してそんなことはありません。もし、いのちを与えることができる律法が与えられたのであれば、義は確かに律法によるものだったでしょう。
3:22 しかし聖書は、すべてのものを罪の下に閉じ込めました。それは約束が、イエス・キリストに対する信仰によって、信じる人たちに与えられるためでした。
3:23 信仰が現れる前、私たちは律法の下で監視され、来たるべき信仰が啓示されるまで閉じ込められていました。
3:24 こうして、律法は私たちをキリストに導く養育係となりました。それは、私たちが信仰によって義と認められるためです。
3:25 しかし、信仰が現れたので、私たちはもはや養育係の下にはいません。
3:26 あなたがたはみな、信仰により、キリスト・イエスにあって神の子どもです。
3:27 キリストにつくバプテスマを受けたあなたがたはみな、キリストを着たのです。
3:28 ユダヤ人もギリシア人もなく、奴隷も自由人もなく、男と女もありません。あなたがたはみな、キリスト・イエスにあって一つだからです。
3:29 あなたがたがキリストのものであれば、アブラハムの子孫であり、約束による相続人なのです。

<要約>

信仰は神につながる鉄パイプ:

私たちは誰でもイエス様を信じるときに、この太いパイプで父なる神とつながります。この太いパイプはイエス様といえます。神の持っておられる永遠のいのちにつながっていますので、この肉体の死は絶望でなくなります。たとえ、死に瀕しても祝福をいただくことができるのです。神はどんなに大きな罪があってもそれを悔い改めて神に告白するならば、十字架のゆえに赦してくださいます。そして私たちをきよめてくださるのです。イエス様という強い鉄パイプがあるので、どんな暗いトンネルに閉じ込められるような人生経験、たとえば、重い病気、大きな試練、を経験しても大丈夫です。神の愛があなたを取り囲んでいるからです。イエス様を信じてこの鉄パイプを自分のものとしてください。

約束による救いと祝福:

神は私たちを無条件で愛してくださっています。世界をおつくりになって統べ治めておられる神は私たちの生命に絶対必要な空気や太陽、水など無料で提供してくださっています。神は私たちの命を保っていてくださいます。人間は自分で生きているように思っていますが、絶対必要なものが常に与えられていることを忘れているのです。この「約束」とは、祝福と救いの約束ということができます。その約束が、アブラハムの子孫であるキリストに相続されました。神は、キリストによって約束されたこの特別な祝福と救いをみんなに受け取ってもらいたいと提供しているのです。

信仰によって受け取る約束:

律法は私たちに罪を指摘し、イエス様の救いに連れて行く働きをします。ここでは養育係にたとえています。養育係は子どもを監督し、教師のところへ連れて行く働きをしていました。律法は私たちをイエス様へと向かわせるのです。そして、イエス様が現れた以上、私たちは養育係すなわち律法の下にはいないということです。養育係を離れてイエス様に向うのです。そして、イエス様を信じる信仰によって祝福と救いを受け取るのです。

人生を変える祈り

2020年10月18日
説教者:東京JCF協力牧師  長谷川与志充師

<聖書>使徒の働き22章6~10節
22:6 私が道を進んで、真昼ごろダマスコの近くまで来たとき、突然、天からのまばゆい光が私の周りを照らしました。
22:7 私は地に倒れ、私に語りかける声を聞きました。『サウロ、サウロ、どうしてわたしを迫害するのか。』
22:8 私が答えて、『主よ、あなたはどなたですか』と言うと、その方は私に言われました。『わたしは、あなたが迫害しているナザレのイエスである。』
22:9 一緒にいた人たちは、その光は見たのですが、私に語っている方の声は聞き分けられませんでした。
22:10 私が『主よ、私はどうしたらよいでしょうか』と尋ねると、主は私に言われました。『起き上がって、ダマスコに行きなさい。あなたが行うように定められているすべてのことが、そこであなたに告げられる』と。

福音は神の力、最強の力

<聖書>ローマ人への手紙1章8~17節
1:8 まず初めに、私はあなたがたすべてについて、イエス・キリストを通して私の神に感謝します。全世界であなたがたの信仰が語り伝えられているからです。
1:9 私が御子の福音を伝えつつ心から仕えている神が証ししてくださることですが、私は絶えずあなたがたのことを思い、
1:10 祈るときにはいつも、神のみこころによって、今度こそついに道が開かれ、何とかしてあなたがたのところに行けるようにと願っています。
1:11 私があなたがたに会いたいと切に望むのは、御霊の賜物をいくらかでも分け与えて、あなたがたを強くしたいからです。
1:12 というより、あなたがたの間にあって、あなたがたと私の互いの信仰によって、ともに励ましを受けたいのです。
1:13 兄弟たち、知らずにいてほしくはありません。私はほかの異邦人たちの間で得たように、あなたがたの間でもいくらかの実を得ようと、何度もあなたがたのところに行く計画を立てましたが、今に至るまで妨げられてきました。
1:14 私は、ギリシア人にも未開の人にも、知識のある人にも知識のない人にも、負い目のある者です。
1:15 ですから私としては、ローマにいるあなたがたにも、ぜひ福音を伝えたいのです。
1:16 私は福音を恥としません。福音は、ユダヤ人をはじめギリシア人にも、信じるすべての人に救いをもたらす神の力です。
1:17 福音には神の義が啓示されていて、信仰に始まり信仰に進ませるからです。「義人は信仰によって生きる」と書いてあるとおりです。

<要約>
信じる者に神の力:

福音は、全ての人に救いをもたらす神の力です。ここでパウロが強調したいのは「信じる」という行為です。信じる全ての人には福音は神の力となるのです。神の力の力は、ドミナス、ダイナマイトと同じ語源で、その力は敵の要塞をも爆破する力です。最強の力と言えます。それは悪魔の力、罪の力、死の力にも打ち勝ちます。その神の力をもって、どんな状況の中にあるあなたをも救うことができるのです。

福音の力を体験して生きる:

もしあなたが罪を悔い改めてキリストを救い主と信じるなら、あなたのすべての罪が赦され、神との和解が得られ、罪と死と悪魔から解放されます。そして、神の子として、喜びと永遠に続く命へと移されるのです。あなたが、神が提供する福音を空の両手を広げて、ただ信じ受け入れるだけで良いのです。「義人は信仰によって生きる」。神から義とされたあなたは、これからは信仰に生きるのです。すなわち神をあなたの中心にすえることです。そして、福音の力、神の力を体験して生きることです。

キリストにある喜び

2020年10月4日
説教者:ハレルヤチャペル滝沢牧師  森田友明

<聖書>ピリピ人への手紙2章1~18節
2:1 ですから、キリストにあって励ましがあり、愛の慰めがあり、御霊の交わりがあり、愛情とあわれみがあるなら、
2:2 あなたがたは同じ思いとなり、同じ愛の心を持ち、心を合わせ、思いを一つにして、私の喜びを満たしてください。
2:3 何事も利己的な思いや虚栄からするのではなく、へりくだって、互いに人を自分よりすぐれた者と思いなさい。
2:4 それぞれ、自分のことだけでなく、ほかの人のことも顧みなさい。
2:5 キリスト・イエスのうちにあるこの思いを、あなたがたの間でも抱きなさい。
2:6 キリストは、神の御姿であられるのに、神としてのあり方を捨てられないとは考えず、
2:7 ご自分を空しくして、しもべの姿をとり、人間と同じようになられました。人としての姿をもって現れ、
2:8 自らを低くして、死にまで、それも十字架の死にまで従われました。
2:9 それゆえ神は、この方を高く上げて、すべての名にまさる名を与えられました。
2:10 それは、イエスの名によって、天にあるもの、地にあるもの、地の下にあるもののすべてが膝をかがめ、
2:11 すべての舌が「イエス・キリストは主です」と告白して、父なる神に栄光を帰するためです。
2:12 こういうわけですから、愛する者たち、あなたがたがいつも従順であったように、私がともにいるときだけでなく、私がいない今はなおさら従順になり、恐れおののいて自分の救いを達成するよう努めなさい。
2:13 神はみこころのままに、あなたがたのうちに働いて志を立てさせ、事を行わせてくださる方です。
2:14 すべてのことを、不平を言わずに、疑わずに行いなさい。
2:15 それは、あなたがたが、非難されるところのない純真な者となり、また、曲がった邪悪な世代のただ中にあって傷のない神の子どもとなり、
2:16 いのちのことばをしっかり握り、彼らの間で世の光として輝くためです。そうすれば、私は自分の努力したことが無駄ではなく、労苦したことも無駄でなかったことを、キリストの日に誇ることができます。
2:17 たとえ私が、あなたがたの信仰の礼拝といういけにえに添えられる、注ぎのささげ物となっても、私は喜びます。あなたがたすべてとともに喜びます。
2:18 同じように、あなたがたも喜んでください。私とともに喜んでください。

<要約>
キリストが与える喜びをいただく:

イエス様は、十字架の死に至るまで父なる神に従い通しました。そして、死んで墓に葬られました。イエス様は十字架ですべての人の罪を背負って、罪の裁きを受けてくださいました。罪に対する神の怒りの杯を飲み干してくださったのです。そのイエス様の功績のゆえに、神はイエス様を復活させられたのです。「イエスよ。よくやった。あなたは最後まで私に従ってくれた。人の命のために、あなたは罪びとと数えられて十字架で死んでくれた。それゆえ、私はあなたを復活させて、すべての名にまさる名をあなたに与える。あなたを主の主、王の王にする」と。そして、同時に、神が、私たち信じる者に下さるものは何でしょうか。イエス・キリストの十字架と復活の福音は信じる人々に、永遠のいのち、復活のいのち、それによるしぼむことのない希望を与え続けたと言えます。そして、それを思うときに、死によっても奪い去ることのできない喜びを味わうものとされたのです。

キリストの喜びがあなたと周りを変える:

神はへりくだる者、神に従う者を高めてくださるということです。そしてそのような人々に、神は御心を示して、良いことを行なわせてくださいます。ですから、不平を言わず疑わず行いなさいとあります。喜んで信仰をもって行いなさいということです。そうすれば、ついには、あなたは純真なものとなって、この世代の中にあって、神の子どもとして、いのちのことばを握って世の光として輝くのです。周囲の人々にも感化していくのです。そこに、キリストの与える喜びを自分の物として行く素晴らしい生き方があるのです

使命に生きる幸い

2020年9月27日
説教者:ハレルヤチャペル滝沢牧師  森田友明

<聖書>申命記34章1~12節
34:1 モーセはモアブの草原からネボ山、すなわち、エリコの向かいにあるピスガの頂に登った。【主】は彼に次の全地方をお見せになった。ギルアデをダンまで、
34:2 ナフタリの全土、エフライムとマナセの地、ユダの全土を西の海まで、
34:3 ネゲブと低地を、すなわち、なつめ椰子の町エリコの平地をツォアルまで。
34:4 そして【主】は彼に言われた。「わたしがアブラハム、イサク、ヤコブに『あなたの子孫に与える』と誓った地はこれである。わたしはこれをあなたの目に見せたが、あなたがそこへ渡って行くことはできない。」
34:5 こうしてその場所で、【主】のしもべモーセは【主】の命によりモアブの地で死んだ。
34:6 主は彼を、ベテ・ペオルの向かいにあるモアブの地の谷に葬られたが、今日に至るまで、その墓を知る者はいない。
34:7 モーセが死んだときは百二十歳であったが、彼の目はかすまず、気力も衰えていなかった。
34:8 イスラエルの子らはモアブの草原で三十日間、モーセのために泣き悲しんだ。こうして、モーセのために泣き悲しむ喪の期間は終わった。
34:9 ヌンの子ヨシュアは知恵の霊に満たされていた。モーセがかつて彼の上にその手を置いたからである。イスラエルの子らは彼に聞き従い、【主】がモーセに命じられたとおりに行った。
34:10 モーセのような預言者は、もう再びイスラエルには起こらなかった。彼は、【主】が顔と顔を合わせて選び出したのであった。
34:11 それは、【主】が彼をエジプトの地に遣わして、ファラオとそのすべての家臣たち、およびその全土に対して、あらゆるしるしと不思議を行わせるためであり、
34:12 また、モーセが全イスラエルの目の前で、あらゆる力強い権威と、あらゆる恐るべき威力をふるうためであった。

<要約>

使命に生きる者の輝き

モーセは最後の時を迎えました。モーセはピスガの頂に立ちました。神は彼にこれからイスラエルが占領する約束の地の全貌を見せました。不信仰により神の約束から遠ざかった前世代の者たちと同様に、モーセはそこへ渡っていくことができない、と神に言われました。しかし、モーセは失望落胆することなく、むしろ、使命を達成した喜びと充足感をもってその一生にピリオドを打ったのです。それは、罪を赦し約束を見せてくださる神が居られたからです。

モーセは神から与えられた目標を見失うことなく神に用いられました。私たちもモーセのような偉大な働きはできないが、神から与えられた使命と召命に生きるのです。

救いの約束はモーセ(律法)でなくヨシュア(イエス)によって成就する

モーセは民を約束の地カナンに連れてきましたが、彼らを約束の地に運び入れることはできませんでした。つまり約束を完成させることができなかったのです。

モーセは律法の象徴です。律法は人々をキリストへと導きますが、救いを与えることができないのです。律法の行いによっては救いに至ることはなく、救いはただ、キリストを信じる信仰によるのです。モーセの生き様はそのことを証しているのです。

失敗のただ中に恵の神

2020年9月20日
説教者:ハレルヤチャペル滝沢牧師  森田友明

<聖書>申命記1章26~40節
1:26 しかし、あなたがたは上って行こうとせず、あなたがたの神、【主】の命令に逆らった。
1:27 そして天幕の中で不平を言った。「【主】は私たちを憎んでおられるので、私たちをエジプトの地から連れ出して、アモリ人の手に渡し、私たちを根絶やしにしようとしておられるのだ。
1:28 私たちはどこへ上って行くのか。私たちの兄弟たちは、『その民は私たちよりも大きくて背が高い。町々は大きく、城壁は高く天にそびえている。しかも、そこでアナク人を見た』と言って、私たちの心を萎えさせた。」
1:29 それで私はあなたがたに言った。「おののいてはならない。彼らを恐れてはならない。
1:30 あなたがたに先立って行かれるあなたがたの神、【主】があなたがたのために戦われる。エジプトで、あなたがたの目の前で、あなたがたのためにしてくださったのと同じように。
1:31 また荒野では、この場所に来るまでの全道中、あなたの神、【主】が、人が自分の子を抱くようにあなたを抱いてくださったのを、あなたがたは見ているのだ。
1:32 このようなことによっても、まだあなたがたはあなたがたの神、【主】を信じていない。
1:33 主はあなたがたが宿営する場所を探すために、道中あなたがたの先に立って行き、夜は火の中、昼は雲の中にあって、あなたがたが行くべき道を示されるのだ。」
1:34 【主】はあなたがたの不平の声を聞いて怒り、誓って言われた。
1:35 「この悪い世代の者たちのうちには、わたしがあなたがたの父祖たちに与えると誓った、あの良い地を見る者は一人もいない。
1:36 ただエフンネの子カレブだけがそれを見ることができる。彼が踏んだ地を、わたしは彼とその子孫に与える。彼が【主】に従い通したからだ。」
1:37 【主】はあなたがたのゆえに、この私に対しても怒って言われた。「あなたも、そこに入れない。
1:38 あなたに仕えているヌンの子ヨシュアは、そこに入ることができる。彼を力づけよ。彼がそこをイスラエルに受け継がせるからだ。
1:39 あなたがたが略奪されるだろうと言ったあなたがたの幼子たちや、今はまだ善悪をわきまえないあなたがたの子どもたちが、そこに入る。わたしが彼らにそこを与えるので、彼らはそこを所有するようになる。
1:40 あなたがたは向きを変え、葦の海の道を通って荒野に向かって旅立て。」

<要約>

失敗の回顧

①神より自分を正しいと主張する罪を自己義認という

②神を認めず自分を優先するのは人の罪の性質

③罪がわからないと救いもわからない、神の愛もわからない

④神に従って一歩踏み出せば道は開かれる

恵の回顧

①恵の神は失敗も益に変えてくださる

②恵の神は、あなたを苦しめ、試み、ついにはあなたを幸せにしてくださる

③十字架で罪を赦し、すべてのマイナスをプラスに変えてくださる神を信じよう

④クリスチャンライフは、あなたの道に共にいてくださるイエス様を認めて歩む生き方