主は私の羊飼い

2021年11月7日ハレルヤチャペル滝沢牧師 森田友明

ヨハネの福音書10章1~15節
10:1 「まことに、まことに、あなたがたに言います。羊たちの囲いに、門から入らず、ほかのところを乗り越えて来る者は、盗人であり強盗です。
10:2 しかし、門から入るのは羊たちの牧者です。
10:3 門番は牧者のために門を開き、羊たちはその声を聞き分けます。牧者は自分の羊たちを、それぞれ名を呼んで連れ出します。
10:4 羊たちをみな外に出すと、牧者はその先頭に立って行き、羊たちはついて行きます。彼の声を知っているからです。
10:5 しかし、ほかの人には決してついて行かず、逃げて行きます。ほかの人たちの声は知らないからです。」
10:6 イエスはこの比喩を彼らに話されたが、彼らは、イエスが話されたことが何のことなのか、分からなかった。
10:7 そこで、再びイエスは言われた。「まことに、まことに、あなたがたに言います。わたしは羊たちの門です。
10:8 わたしの前に来た者たちはみな、盗人であり強盗です。羊たちは彼らの言うことを聞きませんでした。
10:9 わたしは門です。だれでも、わたしを通って入るなら救われます。また出たり入ったりして、牧草を見つけます。
10:10 盗人が来るのは、盗んだり、殺したり、滅ぼしたりするためにほかなりません。わたしが来たのは、羊たちがいのちを得るため、それも豊かに得るためです。
10:11 わたしは良い牧者です。良い牧者は羊たちのためにいのちを捨てます。
10:12 牧者でない雇い人は、羊たちが自分のものではないので、狼が来るのを見ると、置き去りにして逃げてしまいます。それで、狼は羊たちを奪ったり散らしたりします。
10:13 彼は雇い人で、羊たちのことを心にかけていないからです。
10:14 わたしは良い牧者です。わたしはわたしのものを知っており、わたしのものは、わたしを知っています。
10:15 ちょうど、父がわたしを知っておられ、わたしが父を知っているのと同じです。また、わたしは羊たちのために自分のいのちを捨てます。

<要約>

背後で悪魔が働き聖書が、神が、キリストが、わからない;

聖書は罪についてさばきについて滅びについて警告を与えています。それと同時に、罪と死と滅びからの救いを提供しております。そして、すべての人はこの素晴らしい救いに招かれています。聖書は神からの手紙です。聖書に表される神は、天地万物の造り主です。その神が、私たち人類に、否、私たちひとりひとりにお語り下さっているのです。ですから、その内容はいかに重要なものか、想像することができるでしょう。神は、イエス・キリストをとおして、ご自身を現わし、また、聖書をとおして、今も、読者ひとりひとりにお語りになっています。私たちの敵は背後にいるサタン、悪魔と言うことができます。悪魔は、私たち人間が真理を知って、救われることのないように、知恵を働かせているのです。聖書がわかる読み方、あるいは、 聞き方の一つは聖書のメッセージを自分のこととして受け止めることです。自分に当てはめて聞くことです。もう一つは、素直な心で耳を傾けるのです。聖霊により頼んで、「神様、教えてください」と内なる叫び思って聞くことです。

あなたがいのちを得て豊に生きるためにいのちを捨てたキリスト;

イエス様は、ご自身が良い羊飼いであるという例えから、さらに話を展開していきます。「わたしは羊の門です」と言われました。そして、イエス様を通って入るなら救われると言いました。また、イエス様は、わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれひとり救われない、と言います。これは、イエス様ご自身が神であることの宣言でもあります。聖書は、人は教えである律法、十戒を守っても、救いに至らないことを何度も言っています。人は良い行いによってはよい人間にはなれません。かえって、高慢になってしまうのです。良い人間が良い行いをするのです。自分でよい人間になることはできません。三位一体の神である聖霊によって、良い人間に作り変えていただくのです。羊であるあなたや私が真のいのちを得るために、イエス様がいのちを捨てるということです。それは、私たち罪人のために、イエス様が十字架でご自身のいのちを捨ててくださった事により、私たちはいのちを得るのだという真理です。

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