もう一度神と向き合うために

2019年08月04日
説教者:ハレルヤチャペル滝沢牧師  森田友明

<聖書>ルカによる福音書10章25~37節

10:25 さて、ある律法の専門家が立ち上がり、イエスを試みようとして言った。「先生。何をしたら、永遠のいのちを受け継ぐことができるでしょうか。」
10:26 イエスは彼に言われた。「律法には何と書いてありますか。あなたはどう読んでいますか。」
10:27 すると彼は答えた。「『あなたは心を尽くし、いのちを尽くし、力を尽くし、知性を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい』、また『あなたの隣人を自分自身のように愛しなさい』とあります。」
10:28 イエスは言われた。「あなたの答えは正しい。それを実行しなさい。そうすれば、いのちを得ます。」
10:29 しかし彼は、自分が正しいことを示そうとしてイエスに言った。「では、私の隣人とはだれですか。」
10:30 イエスは答えられた。「ある人が、エルサレムからエリコへ下って行ったが、強盗に襲われた。強盗たちはその人の着ている物をはぎ取り、殴りつけ、半殺しにしたまま立ち去った。
10:31 たまたま祭司が一人、その道を下って来たが、彼を見ると反対側を通り過ぎて行った。
10:32 同じようにレビ人も、その場所に来て彼を見ると、反対側を通り過ぎて行った。
10:33 ところが、旅をしていた一人のサマリア人は、その人のところに来ると、見てかわいそうに思った。
10:34 そして近寄って、傷にオリーブ油とぶどう酒を注いで包帯をし、自分の家畜に乗せて宿屋に連れて行って介抱した。
10:35 次の日、彼はデナリ二枚を取り出し、宿屋の主人に渡して言った。『介抱してあげてください。もっと費用がかかったら、私が帰りに払います。』
10:36 この三人の中でだれが、強盗に襲われた人の隣人になったと思いますか。」
10:37 彼は言った。「その人にあわれみ深い行いをした人です。」するとイエスは言われた。「あなたも行って、同じようにしなさい。」

<要約>

向き合うことのできない人間:

彼は答えて言った。「『心を尽くし、思いを尽くし、力を尽くし、知性を尽くして、あなたの神である主を愛せよ』、また『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ』」これは、律法の戒めを包括する教えであり、的を得た答えです。イエス様は「その通りです。それを実行しなさい。」と言われました。しかし彼は自分の正しさを示そうとして「隣人とはだれですか」とイエスに問いました。イエス様は、「良きサマリヤ人のたとえ」のお話をされました。このたとえ話で、イエス様は、隣人はユダヤ人ばかりでなく異邦人も敵をも含んでいることを示されたのです。隣人愛を実践する前に「心を尽くして、思いを尽くして、知性を尽くして神を愛しなさい」というのです。それは別の言い方では、神としっかり向き合いなさいとの勧めです。人間は神と向き合うことをやめて、神の思いより自分の思いを優先し、神から遠く離れてしまっています。ですから、神を知ろうともせず、神と向き合うということもわからないのです。そのような人間は自分とも向き合えない家族とも向き合えない、ましてや隣人とどうして向き合えるでしょうか。

向き合ってくださる神:

中学生の時にいじめにあった長谷川少年は金八先生のような熱血教師と出会いました。その先生は、いじめにあっていた長谷川少年と向き合ってくれました。ある時、長谷川少年はこういう手紙を書いたそうです。仮に、町が大火事になり、先生はヘリコプターに助けられて上空に出ました。その時、下の方で、先生の息子さんが、逃げ惑っていました。すぐに助けようとヘリコプターは下降しました。そうしたら、その息子のそばに逃げ惑う長谷川少年を発見したのです。ヘリコプターにはあと一人しか乗せられません。先生はどうしますか?という内容です。「自分も人間だから、息子の方を助けると思う」という返事でした。長谷川少年はその先生が自分と最後まで向き合ってくれると、信じたかったのです。しかし、人間が自分の子どものいのちを犠牲にして他人のいのちを救うことはありません。その起こりえないことを父なる神は、してくださったのです。それが、キリストの十字架です。その神が、ここにおられる皆さん一人一人と向き合ってくださいます。

祝福を下さらなければ引き下がりません

2019年07月28日
説教者:ハレルヤチャペル滝沢牧師  森田友明

<聖書>創世記32章1~5、22~32節

32:1 さて、ヤコブが旅を続けていると、神の使いたちが彼に現れた。
32:2 ヤコブは彼らを見たとき、「ここは神の陣営だ」と言って、その場所の名をマハナイムと呼んだ。
32:3 ヤコブは、セイルの地、エドムの野にいる兄のエサウに、前もって使いを送った。
32:4 ヤコブは彼らに命じた。「私の主人エサウにこう伝えなさい。『あなた様のしもべヤコブがこう申しております。私はラバンのもとに寄留し、今に至るまでとどまっていました。
32:5 私には牛、ろば、羊、それに男女の奴隷がおります。それで私の主人であるあなた様にお知らせして、ご好意を得ようと使いをお送りしました。』」


32:22 その夜、彼は起き上がり、二人の妻と二人の女奴隷、そして十一人の子どもたちを連れ出し、ヤボクの渡し場を渡った。
32:23 彼らを連れ出して川を渡らせ、また自分の所有するものも渡らせた。
32:24 ヤコブが一人だけ後に残ると、ある人が夜明けまで彼と格闘した。
32:25 その人はヤコブに勝てないのを見てとって、彼のももの関節を打った。ヤコブのももの関節は、その人と格闘しているうちに外れた。
32:26 すると、その人は言った。「わたしを去らせよ。夜が明けるから。」ヤコブは言った。「私はあなたを去らせません。私を祝福してくださらなければ。」
32:27 その人は言った。「あなたの名は何というのか。」彼は言った。「ヤコブです。」
32:28 その人は言った。「あなたの名は、もうヤコブとは呼ばれない。イスラエルだ。あなたが神と、また人と戦って、勝ったからだ。」
32:29 ヤコブは願って言った。「どうか、あなたの名を教えてください。」すると、その人は「いったい、なぜ、わたしの名を尋ねるのか」と言って、その場で彼を祝福した。
32:30 そこでヤコブは、その場所の名をペヌエルと呼んだ。「私は顔と顔を合わせて神を見たのに、私のいのちは救われた」という意味である。
32:31 彼がペヌエルを通り過ぎたころ、太陽は彼の上に昇ったが、彼はそのもものために足を引きずっていた。
32:32 こういうわけで、イスラエルの人々は今日まで、ももの関節の上の、腰の筋を食べない。ヤコブが、ももの関節、腰の筋を打たれたからである。

<要約>

マハナイム、背後で守る神:

ヤコブはここに来て、多くの神の使いを見たのです。そこをマハナイムと呼びました。それは「二つの陣営、または二つの宿営」という意味です。神はマハナイムを用意されました。それは、神の二つの陣営がヤコブの二つの宿営を守ることを暗示しています。神はヤコブに生まれ故郷である約束の地に彼が入る前に、すなわち、今ここで、ヤコブが、イスラエルの父となるための必要な最初の関門を通過するために、神が導いてくださったのです。それは兄エソウとの和解でした。そして次の日の朝、プレゼントを用意するのです。兄エソウの怒りを和らげようと考えたのです。ヤコブは不安でした。恐れました。そして神に祈りました。神が背後で働かれ、十分な準備をしました。神は、私たちに祈り求めるように命令しております。苦難の中で祈り続けます。そうすれば、最後に「神は真実なかたである」という確信に行きつくのです。それが祈りの力です。

貪欲に神を求める祝福:

ヤコブは一人ヤボク川の渡しに残って再び祈り始めました。その時、神の陣営から一人の人がヤコブのところに近づいてきました。それは主の使いでした。彼が通り過ぎて行こうとするので、ヤコブは力づくで彼を引き留めました。何とか自分と自分の家族を守ってほしいと力ずくで迫ったのです。そこで、二人は取っ組み合いとなりました。一晩中戦いましたが、勝負がつきません。するとその人は、ヤコブの腿を打ってから、やっと口を開いて私を去らせなさいと云いました。ヤコブは、いいえ、私を祝福してくださらなければ放しません、と必死にしがみついたのです。その人は言いました。「あなたはこれからイスラエルと呼ばれる。あなたは神と戦い、人と戦い勝利したからだ。」その人は、ヤコブを祝福して立ち去りました。み使いは、彼の腿のつがいを打ったら腿のつがいが外れた、とあります。それはヤコブの自我ということができるでしょう。自分が自分がという、自分中心に気付き勝利したのです。ヤコブは神様の祝福を貪欲に求め見事にそれを得たのです。神は、あなたの悩みにこたえ、あなたに祝福の雨をそそぎたいのです。ヤコブはエソウと会い、和解がなされました。実はこの和解こそイエス様が十字架にお掛りになった目的です。十字架の目的は人が神と和解することです。

救いの計画の始動と展望

2019年07月21日
説教者:ハレルヤチャペル滝沢牧師  森田友明

<聖書>創世記28章10~22節
28:10 ヤコブはベエル・シェバを出て、ハランへと向かった。
28:11 彼はある場所にたどり着き、そこで一夜を明かすことにした。ちょうど日が沈んだからである。彼はその場所で石を取って枕にし、その場所で横になった。
28:12 すると彼は夢を見た。見よ、一つのはしごが地に立てられていた。その上の端は天に届き、見よ、神の使いたちが、そのはしごを上り下りしていた。
28:13 そして、見よ、【主】がその上に立って、こう言われた。「わたしは、あなたの父アブラハムの神、イサクの神、【主】である。わたしは、あなたが横たわっているこの地を、あなたとあなたの子孫に与える。
28:14 あなたの子孫は地のちりのように多くなり、あなたは、西へ、東へ、北へ、南へと広がり、地のすべての部族はあなたによって、またあなたの子孫によって祝福される。
28:15 見よ。わたしはあなたとともにいて、あなたがどこへ行っても、あなたを守り、あなたをこの地に連れ帰る。わたしは、あなたに約束したことを成し遂げるまで、決してあなたを捨てない。」
28:16 ヤコブは眠りから覚めて、言った。「まことに【主】はこの場所におられる。それなのに、私はそれを知らなかった。」
28:17 彼は恐れて言った。「この場所は、なんと恐れ多いところだろう。ここは神の家にほかならない。ここは天の門だ。」
28:18 翌朝早く、ヤコブは自分が枕にした石を取り、それを立てて石の柱とし、柱の頭に油を注いだ。
28:19 そしてその場所の名をベテルと呼んだ。その町の名は、もともとはルズであった。
28:20 ヤコブは誓願を立てた。「神が私とともにおられて、私が行くこの旅路を守り、食べるパンと着る衣を下さり、
28:21 無事に父の家に帰らせてくださるなら、【主】は私の神となり、
28:22 石の柱として立てたこの石は神の家となります。私は、すべてあなたが私に下さる物の十分の一を必ずあなたに献げます。」

<要約>

救いの計画の始動:

ヤコブは、旅の疲れもあって、いつの間にか眠り夢をみました。不思議な夢を見ました。天まで届く梯子のようなものが地面に立ち、天使たちがそれを上ったり下りたりしているのです。ふと気づくと、何と神がヤコブのそばに立っていらっしゃいました。神は、わたしはアブラハム、イサクの神である。わたしはあなたが横たわっている土地をあなたにあげる。目の前に現れてくださった神は、責めることも咎めることもなく、ただ、アブラハムとイサクにお与えになった祝福の約束を伝えただけでした。神は、私たちの罪を責めるためではなく、罪を悔いているものを赦し立たせてくださるお方なのです。神は赦しの神です。十字架は赦しのシンボルです。ヤコブは聖なる神と出会い、同時に愛の神を知って、真のおそれに至ったのです。梯子が天から地上に降りて、そこを天使が上がり降りしている情景です。この時をもって、神の救いのご計画がいよいよ動き始めたのです。その梯子は、イエス・キリストを表しています。

神の救いの計画の完成と展望:

この時の天からの梯子は、神がこれから人間の歴史の中に介入することを示しています。イスラエル民族を起こし、その民族を通して人類を祝福するために、立ち上がられたことを示しています。ヤコブは言いました。「ここは神の家に他ならない。ここは天の門だ」と。そして、ヤコブは枕にした石で柱を作り、それに油を注いだ、とあります。この「油を注ぐ」というのは、ここでは「聖別する」という意味です。この神の家、天の門は何を指しているのでしょうか。それは、現代における教会です。教会は天国の出張所、天国の領事館です。教会はイエス・キリストを土台として建てあげられています。キリストは教会の頭です。教会では、天国のルールがそれを治めています。そこは、神の一方的な愛によって治められています。教会では、誰にでも無条件に、キリストの十字架による罪の赦しと永遠のいのちが提供されています。そしてそれは、信仰によってのみ受け取ることができます。その為に、神は4千年も前に人類救済計画を始動されたのです。この救いは、すべての人に提供されています。「信じてバプテスマを受ける者は、救われます。」書いている通りです。

成功に至る確かな道

2019年07月14日
説教者:ハレルヤチャペル滝沢牧師  森田友明

<聖書>創世記24章34~48節
24:34 彼は言った。「私はアブラハムのしもべです。
24:35 【主】は私の主人を大いに祝福されましたので、主人は富んでおります。主は主人に、羊や牛、銀や金、男女の奴隷、らくだやろばをお与えになりました。
24:36 私の主人の妻サラは、年をとってから主人に男の子を産み、主人はこの子に自分の全財産を譲っておられます。
24:37 私の主人は、こう言って、私に誓わせました。『私が住んでいるこの地のカナン人の娘たちの中から、私の息子の妻を迎えてはならない。
24:38 あなたは、私の父の家、私の親族のところへ行って、私の息子に妻を迎えなさい。』
24:39 そこで私は主人に申しました。『もしかしたら、その娘さんは私について来ないかもしれません。』
24:40 すると主人は答えました。『私は主の前に歩んできた。その【主】が御使いをあなたと一緒に遣わし、あなたの旅を成功させてくださる。あなたは、私の親族、私の父の家から、私の息子に妻を迎えなさい。
24:41 次のようなときは、あなたは私との誓いから解かれる。あなたが私の親族のところに行ったときに、もし彼らがあなたに娘を与えないなら、そのとき、あなたは私との誓いから解かれる。』
24:42 今日、私は泉のそばに来て言いました。『私の主人アブラハムの神、【主】よ。私がここまで来た旅を、もしあなたが成功させてくださるのなら──。
24:43 ご覧ください。私は泉のそばに立っています。若い娘が水を汲みに出て来たなら、私は「あなたの水がめから少し水を飲ませてください」と言います。
24:44 その人が私に、「どうぞ、お飲みください。あなたのらくだにも水を汲みましょう」と言ったなら、その娘さんこそ、【主】が私の主人の息子のために定められた方です。』
24:45 私が心の中で言い終わらないうちに、なんと、リベカさんが水がめを肩に載せて出て来たのです。そして、泉に下りて行き、水を汲みました。それで私が『どうか水を飲ませてください』と言うと、
24:46 急いで水がめを肩から降ろし、『お飲みください。あなたのらくだにも水を飲ませましょう』と言われたので、私は飲みました。らくだにも水を飲ませてくださいました。
24:47 私が尋ねて、『あなたは、どなたの娘さんですか』と言いますと、『ミルカがナホルに産んだ子ベトエルの娘です』と答えました。そこで私は、彼女の鼻に飾り輪をつけ、彼女の腕に腕輪をはめました。
24:48 そして私はひざまずき、【主】を礼拝し、私の主人アブラハムの神、【主】をほめたたえました。主は、私の主人の親族の娘さんを主人の息子に迎えるために、私を確かな道に導いてくださったのです。

<要約>

神の約束を握って進む道:

アブラハムには、神の約束の成就のために信仰の次の段階に進みます。それは、世継ぎと決まったイサクに嫁を迎えることです。アブラハムは、最年長で、アブラハムの全財産を管理していたしもべに命じます。アブラハムの郷里のハランへ行ってイサクの嫁を連れてくるようにとのことです。アブラハムはイサクを約束の子として、神の祝福の座に置いたのです。アブラハムはイサクを自分の子であっても、神の約束の子どもであるとしっかり認識していました。子育て中の皆さんも、神があなた方にお与えくださった子どもたちは、神があなたに託した神の約束の子どもです。その認識が大切です。私たちは、子どもたちを神にお返ししていくのです。アブラハムは、結果を前もって見ることはできなくても、二つのことにしっかり立っていました。一つは、神は約束を撤回することはないという信仰です。二つ目は、人は神の約束を撤回してはいけないということです。神はあなたを幸せにすると、そして喜びにあふれる人生を与えると約束しているのですから、疑ってはいけません。

キリストの祝福を隣人に届ける道:

このしもべは勇気と信仰をもって大胆に神に近づいています。リベカは非常に美しいばかりでなく、健康で体力もあり、オープンで勇気があり積極的な女性であったと想像します。リベカは自分の親や家族を離れて、イサクの下へ旅立つのです。そこに、リベカの信仰と行動力を見ます。イサクは、イエス・キリストのひな型です。このイサクのために用いられたアブラハム、このしもべ、そしてリベカの三人には決断、勇気、行動という資質を見ることができます。それは、同時に、キリストのために生きる者の資質ということができます。その時から約二千年を経て、「すべての民族はアブラハムによって祝福される」というアブラハムの契約は、イエス・キリストによって成就しました。キリストが全人類の罪の身代わりとなって十字架にかかり、私たちの罪を赦し永遠のいのちに生きる者としてくださったからです。その名を信じた者には神の子どもとされる特権をお与えになったのです。キリストを信じる者は神の国の相続者として永遠の祝福にあずかるのです。是非、イエス・キリストをあなたの救い主と信じてください。

完全な信仰

2019年07月07日
説教者:ハレルヤチャペル滝沢牧師  森田友明

<聖書>創世記22章1~14節

22:1 これらの出来事の後、神がアブラハムを試練にあわせられた。神が彼に「アブラハムよ」と呼びかけられると、彼は「はい、ここにおります」と答えた。
22:2 神は仰せられた。「あなたの子、あなたが愛しているひとり子イサクを連れて、モリヤの地に行きなさい。そして、わたしがあなたに告げる一つの山の上で、彼を全焼のささげ物として献げなさい。」
22:3 翌朝早く、アブラハムはろばに鞍をつけ、二人の若い者と一緒に息子イサクを連れて行った。アブラハムは全焼のささげ物のための薪を割った。こうして彼は、神がお告げになった場所へ向かって行った。
22:4 三日目に、アブラハムが目を上げると、遠くの方にその場所が見えた。
22:5 それで、アブラハムは若い者たちに、「おまえたちは、ろばと一緒に、ここに残っていなさい。私と息子はあそこに行き、礼拝をして、おまえたちのところに戻って来る」と言った。
22:6 アブラハムは全焼のささげ物のための薪を取り、それを息子イサクに背負わせ、火と刃物を手に取った。二人は一緒に進んで行った。
22:7 イサクは父アブラハムに話しかけて言った。「お父さん。」彼は「何だ。わが子よ」と答えた。イサクは尋ねた。「火と薪はありますが、全焼のささげ物にする羊は、どこにいるのですか。」
22:8 アブラハムは答えた。「わが子よ、神ご自身が、全焼のささげ物の羊を備えてくださるのだ。」こうして二人は一緒に進んで行った。
22:9 神がアブラハムにお告げになった場所に彼らが着いたとき、アブラハムは、そこに祭壇を築いて薪を並べた。そして息子イサクを縛り、彼を祭壇の上の薪の上に載せた。
22:10 アブラハムは手を伸ばして刃物を取り、息子を屠ろうとした。
22:11 そのとき、【主】の使いが天から彼に呼びかけられた。「アブラハム、アブラハム。」彼は答えた。「はい、ここにおります。」
22:12 御使いは言われた。「その子に手を下してはならない。その子に何もしてはならない。今わたしは、あなたが神を恐れていることがよく分かった。あなたは、自分の子、自分のひとり子さえ惜しむことがなかった。」
22:13 アブラハムが目を上げて見ると、見よ、一匹の雄羊が角を藪に引っかけていた。アブラハムは行って、その雄羊を取り、それを自分の息子の代わりに、全焼のささげ物として献げた。
22:14 アブラハムは、その場所の名をアドナイ・イルエと呼んだ。今日も、「【主】の山には備えがある」と言われている。

<要約>

アブラハムの試練:

これらの出来事の後、「神はアブラハムを試練に合わせられた」とあります。この度は最後の最も過酷なテストでした。「あなたの子、あなたの愛しているひとり子イサクを連れて、モリヤの地に行きなさい。そして、全焼のいけにえとしてイサクをわたしにささげなさい。」イサクはアブラハムにとっては、自分のいのちより大切な我が子であったでしょう。神はその心情を理解して、「あなたの子、あなたの愛しているひとり子イサク」と言ったのです。神はこの試練を通して、神の救いのご計画を示そうとされたのです。アブラハムの信仰は、復活の信仰といえます。そして今、アブラハムに課そうとしている試練を、神は、ご自身にも課しておられたのです。それは、神の最愛のひとり子イエス様を、すべての人のために、つまり、愛するあなたのためになだめの供え物として十字架にかけることです。試練は信仰を造るのです。ですから試練はあなたに有益です。クリスチャンは、「失望に終わらない希望」を持っています。世にある希望は、移ろいゆくものです。絶対大丈夫と言えるものはないでしょう。神が与えてくださる希望は決して失望に終わりません。神が与えてくださる希望は、「死を通って、いのちに至る」希望だからです。

死を通していのちに至る:

聖書が教える死は、誰でもが迎える肉体の死だけではありません。肉体の死の後に来る魂、あるいは霊の死です。永遠の滅びです。それは、罪から来る報酬です。神は人が滅びるのを惜しんで、人が持つ罪を無実の神の御子キリストに背負わせて身代わりに断罪しました。御子を信じる者は罪に定められることなくいのちに移されるのです。誰もが肉体の死を通らなければなりませんが、死後、やがて復活のからだをいただいて永遠に生きるものとされます。ドイツの神学者であり、牧師であったボンヘッファーは、ヒットラー暗殺計画に加担し、絞首刑に処せられました。絞首台を目の前にして彼は、看守に言葉を残しました。「これが最後です。わたしにとっていのちの始まりです」と。神は、主イエスを信じる者が死を通していのちにいたることを告げています。神はどんなに悲しむ人をも慰めることができます。神は、御子の十字架でその悲しみを経験なさっているからです。

神の契約の実行と証印

2019年06月30日
説教者:ハレルヤチャペル滝沢牧師  森田友明

<聖書>創世記17章15~27節
17:15 また神はアブラハムに仰せられた。「あなたの妻サライは、その名をサライと呼んではならない。その名はサラとなるからだ。
17:16 わたしは彼女を祝福し、彼女によって必ずあなたに男の子を与える。わたしは彼女を祝福する。彼女は国々の母となり、もろもろの民の王たちが彼女から出てくる。」
17:17 アブラハムはひれ伏して、笑った。そして心の中で言った。「百歳の者に子が生まれるだろうか。サラにしても、九十歳の女が子を産めるだろうか。」
17:18 そして、アブラハムは神に言った。「どうか、イシュマエルが御前で生きますように。」
17:19 神は仰せられた。「いや、あなたの妻サラが、あなたに男の子を産むのだ。あなたはその子をイサクと名づけなさい。わたしは彼と、わたしの契約を立て、それを彼の後の子孫のために永遠の契約とする。
17:20 イシュマエルについては、あなたの言うことを聞き入れた。必ず、わたしは彼を祝福し、子孫に富ませ、大いに増やす。彼は十二人の族長たちを生む。わたしは彼を大いなる国民とする。
17:21 しかし、わたしがわたしの契約を立てるのは、サラが来年の今ごろあなたに産むイサクとの間にである。」
17:22 神はアブラハムと語り終えると、彼のもとから上って行かれた。
17:23 そこでアブラハムは、その子イシュマエル、彼の家で生まれたすべてのしもべ、また、金で買い取ったすべての者、すなわち、アブラハムの家のすべての男子を集め、神が彼に告げられたとおり、その日のうちに、彼らの包皮の肉を切り捨てた。
17:24 アブラハムが包皮の肉を切り捨てられたときは、九十九歳であった。
17:25 その子イシュマエルは、包皮の肉に割礼を受けたとき、十三歳であった。
17:26 アブラハムとその子イシュマエルは、その日のうちに割礼を受けた。
17:27 彼の家の男たちはみな、家で生まれた奴隷も、異国人から金で買い取った者も、彼と一緒に割礼を受けた。

<要約>

勝利者は悩み苦しみ信仰に生きる:

主は、再度アブラハムに現れました。アブラハムは、心の中で笑ったと書いています。「百歳の者に子どもが生まれようか。九十歳のサラが子どもを宿すだろうか」彼は神の前にひれ伏しました。しかし、内面には葛藤、揺れ動きがありました。神の約束を受け止めきれない人間の弱さが見えます。信じ切れない思いを抱えながら神に向かい合っていたことがわかります。信仰とはそういうものです。私も過去を振り返ってみました。秋田大学3年生の時に信仰に導かれ洗礼を受けクリスチャンになりました。その後結婚し子どもも与えられ、米国留学をしました。そこで腎臓病になりました。突然、むくみがやってきて、高血圧になったのです。ネフローゼ症候群という病気です。将来の不安がありました。神様、私は大丈夫でしょうか。どうしたら良いのですか。と何度も祈りました。その度に、神はみことばで励ましてくださいました。私はあなたを癒す主であると。しかし、このようなみことばが与えれても、内面の揺らぎが常にあったのです。神は不信仰の笑いでも喜びの笑いに変えてくださいます。信じ切れない人間の思いと弱さを受け入れて、マイナスの思いをプラスに変えてくださるのです。悩み苦しみ、信仰の揺らぎを覚える時には主に向かいましょう。疑い退くか、信じて前に進むか、不信仰と信仰の選択が来ます。その時は信仰に立って前に進むのです。神は勝利を与えてくださいます。

心の割礼である洗礼がもたらすもの:

アブラハムはすぐに、神の契約に応え神の命令である割礼を全ての男子に執行いたしました。割礼は現在の洗礼の型であります。当時の割礼がアブラハム契約実行の出発点であったように、洗礼、バプテスマはあなたが神の民に加えられるという信仰の出発点です。割礼の包皮は何を表しているのでしょうか。それは、生まれながら持つ罪の性質です。あるいは、人の神を無視して自分を中心に生きようとする性質です。キリストと共に古い自分を十字架につけて、生まれながらの自分に死んで、キリストとともに復活することです。そして、新しい自分に生まれ変わることです。洗礼はそのような意味があります。誰でも無条件に、神の約束を自分のものとすることができます。

ハガルに現れたキリスト

2019年06月23日
説教者:ハレルヤチャペル滝沢牧師  森田友明


<聖書>創世記16章1~14節
16:1 アブラムの妻サライは、アブラムに子を産んでいなかった。彼女にはエジプト人の女奴隷がいて、その名をハガルといった。
16:2 サライはアブラムに言った。「ご覧ください。【主】は私が子を産めないようにしておられます。どうぞ、私の女奴隷のところにお入りください。おそらく、彼女によって、私は子を得られるでしょう。」アブラムはサライの言うことを聞き入れた。
16:3 アブラムの妻サライは、アブラムがカナンの地に住んでから十年後に、彼女の女奴隷であるエジプト人ハガルを連れて来て、夫アブラムに妻として与えた。
16:4 彼はハガルのところに入り、彼女は身ごもった。彼女は、自分が身ごもったのを知って、自分の女主人を軽く見るようになった。
16:5 サライはアブラムに言った。「私に対するこの横暴なふるまいは、あなたの上に降りかかればよいのです。この私が自分の女奴隷をあなたの懐に与えたのに、彼女は自分が身ごもったのを知って、私を軽く見るようになりました。【主】が、私とあなたの間をおさばきになりますように。」
16:6 アブラムはサライに言った。「見なさい。あなたの女奴隷は、あなたの手の中にある。あなたの好きなようにしなさい。」それで、サライが彼女を苦しめたので、彼女はサライのもとから逃げ去った。
16:7 【主】の使いは、荒野にある泉のほとり、シュルへの道にある泉のほとりで、彼女を見つけた。
16:8 そして言った。「サライの女奴隷ハガル。あなたはどこから来て、どこへ行くのか。」すると彼女は言った。「私の女主人サライのもとから逃げているのです。」
16:9 【主】の使いは彼女に言った。「あなたの女主人のもとに帰りなさい。そして、彼女のもとで身を低くしなさい。」
16:10 また、【主】の使いは彼女に言った。「わたしはあなたの子孫を増し加える。それは、数えきれないほど多くなる。」
16:11 さらに、【主】の使いは彼女に言った。「見よ。あなたは身ごもって男の子を産もうとしている。その子をイシュマエルと名づけなさい。【主】が、あなたの苦しみを聞き入れられたから。
16:12 彼は、野生のろばのような人となり、その手は、すべての人に逆らい、すべての人の手も、彼に逆らう。彼は、すべての兄弟に敵対して住む。」
16:13 そこで、彼女は自分に語りかけた【主】の名を「あなたはエル・ロイ」と呼んだ。彼女は、「私を見てくださる方のうしろ姿を見て、なおも私がここにいるとは」と言ったのである。
16:14 それゆえ、その井戸はベエル・ラハイ・ロイと呼ばれた。それは、カデシュとベレデの間にある。

<要約>

神の約束より自分の考えに動かされる人間:

サライは自分の女奴隷ハガルによって自分の子を儲けよと考えました。しかし、それは信仰から出ていることでありませんでした。神はアブラハムに約束し誓われました。それは確実に成就すると言うことです。しかし、アブラハムは10年待っても子どもが与えられませんでした。やはり、アブラハムには、心配があったのでしょう。そのような中で、神はもう一度アブラハムに約束の再確認をされました。アブラムは神の約束の再確認を受けて、信仰の絶頂期にいました。そのような時こそ、試練の時、あるいは誘惑が強く働いている時です。神の約束と誓いは確かですが、約束のものを得るには忍耐がいると言いました。この世の中は、人間中心の世界観です。そこには神のみ思いを推しはかることはないのです。そのような人間社会は、依然、混乱しています。人間関係の問題、家族の問題、分裂、それらは人の心にある罪の性質がなせる業です。

迷う人を探し、聞き、見てくださる神:

神はハガルを見つけ、サライの女奴隷ハガルと呼びかけます。あなたは、サライの女奴隷なのだ、その事をわきまえなさいとでもいうようです。すべての人を神は等しく愛されています。御子キリストのいのちに代えて愛してくださっています。どの人も神にとって高価で貴いと言えます。子を宿していたハガルの心配をご存知で主は、生まれてくる子の子孫を数えきれないほどに大いに増やすといわれました。そして、その子の名前はイシュマエルです。「神は聞かれる」という意味です。彼女は自分に語りかけた主の名を「エル・ロイ」と呼びました。これは「ご覧になる神」という意味です。ハガルに対してと同様に、神はあなたに耳を傾け、あなたを見ておられます。それは、あなたを心配しておられるからです。創世記12章の約束は、イエス・キリストによって成就しました。すべての人間は例外なく、アダムの罪を受け継いでいます。つまり、自らの罪により裁かれ永遠の滅びに定められています。しかし、キリストが十字架で死んでくださった事により、信じる者に罪の赦しをお与えになっています。さらに、キリストは復活することにより信じる者に永遠のいのちを与えてくださいました。今日も、イエス様はあなたを招いて、あなたを見出し、あなたに耳を傾けておられます。

無くてはならぬもの

2019年06月16日
説教者:岸義紘牧師

<聖書>ルカの福音書10章25~42節
10:25 さて、ある律法の専門家が立ち上がり、イエスを試みようとして言った。「先生。何をしたら、永遠のいのちを受け継ぐことができるでしょうか。」
10:26 イエスは彼に言われた。「律法には何と書いてありますか。あなたはどう読んでいますか。」
10:27 すると彼は答えた。「『あなたは心を尽くし、いのちを尽くし、力を尽くし、知性を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい』、また『あなたの隣人を自分自身のように愛しなさい』とあります。」
10:28 イエスは言われた。「あなたの答えは正しい。それを実行しなさい。そうすれば、いのちを得ます。」
10:29 しかし彼は、自分が正しいことを示そうとしてイエスに言った。「では、私の隣人とはだれですか。」
10:30 イエスは答えられた。「ある人が、エルサレムからエリコへ下って行ったが、強盗に襲われた。強盗たちはその人の着ている物をはぎ取り、殴りつけ、半殺しにしたまま立ち去った。
10:31 たまたま祭司が一人、その道を下って来たが、彼を見ると反対側を通り過ぎて行った。
10:32 同じようにレビ人も、その場所に来て彼を見ると、反対側を通り過ぎて行った。
10:33 ところが、旅をしていた一人のサマリア人は、その人のところに来ると、見てかわいそうに思った。
10:34 そして近寄って、傷にオリーブ油とぶどう酒を注いで包帯をし、自分の家畜に乗せて宿屋に連れて行って介抱した。
10:35 次の日、彼はデナリ二枚を取り出し、宿屋の主人に渡して言った。『介抱してあげてください。もっと費用がかかったら、私が帰りに払います。』
10:36 この三人の中でだれが、強盗に襲われた人の隣人になったと思いますか。」
10:37 彼は言った。「その人にあわれみ深い行いをした人です。」するとイエスは言われた。「あなたも行って、同じようにしなさい。」
10:38 さて、一行が進んで行くうちに、イエスはある村に入られた。すると、マルタという女の人がイエスを家に迎え入れた。
10:39 彼女にはマリアという姉妹がいたが、主の足もとに座って、主のことばに聞き入っていた。
10:40 ところが、マルタはいろいろなもてなしのために心が落ち着かず、みもとに来て言った。「主よ。私の姉妹が私だけにもてなしをさせているのを、何ともお思いにならないのですか。私の手伝いをするように、おっしゃってください。」
10:41 主は答えられた。「マルタ、マルタ、あなたはいろいろなことを思い煩って、心を乱しています。
10:42 しかし、必要なことは一つだけです。マリアはその良いほうを選びました。それが彼女から取り上げられることはありません。」

メルキゼデクとイエス様

2019年06月9日
説教者:ハレルヤチャペル滝沢牧師  森田友明


<聖書>へブル6章13~20節、7章1~4節
6:13 神は、アブラハムに約束する際、ご自分より大いなるものにかけて誓うことができなかったので、ご自分にかけて誓い、
6:14 「確かにわたしは、あなたを大いに祝福し、あなたを大いに増やす」と言われました。
6:15 このようにして、アブラハムは忍耐の末に約束のものを得たのです。
6:16 確かに、人間は自分より大いなるものにかけて誓います。そして、誓いはすべての論争を終わらせる保証となります。
6:17 そこで神は、約束の相続者たちに、ご自分の計画が変わらないことをさらにはっきり示そうと思い、誓いをもって保証されました。
6:18 それは、前に置かれている希望を捕らえようとして逃れて来た私たちが、約束と誓いという変わらない二つのものによって、力強い励ましを受けるためです。その二つについて、神が偽ることはあり得ません。
6:19 私たちが持っているこの希望は、安全で確かな、たましいの錨のようなものであり、また幕の内側にまで入って行くものです。
6:20 イエスは、私たちのために先駆けとしてそこに入り、メルキゼデクの例に倣って、とこしえに大祭司となられたのです。

7:1 このメルキゼデクはサレムの王で、いと高き神の祭司でしたが、アブラハムが王たちを打ち破って帰るのを出迎えて祝福しました。
7:2 アブラハムは彼に、すべての物の十分の一を分け与えました。彼の名は訳すと、まず「義の王」、次に「サレムの王」、すなわち「平和の王」です。
7:3 父もなく、母もなく、系図もなく、生涯の初めもなく、いのちの終わりもなく、神の子に似た者とされて、いつまでも祭司としてとどまっているのです。
7:4 さて、その人がどんなに偉大であったかを考えてみなさい。族長であるアブラハムでさえ、彼に一番良い戦利品の十分の一を与えました。

<要約>

神の約束と誓いの確かさ:

神は、アブラハムに「あなたを祝福し大いなる国民とする。あなたを通してあらゆる国民を祝福する」と約束しました。しかし、そればかりでなく、さらに神であるご自身にかけて誓われました。これは、今でいえば、口で約束してさらに誓約書にサインして実印を押したということです。間違いない、約束を破ったら弁償しますというようなものです。つまりこれ以上確実なことはないというのです。誓約書に実印が押されていたら、後で、言ったの言わないということで論争になることはありません。神が誓って約束してくださったことは疑いのない事実として歴史に成就しました。聖書の預言がことごとく成就しています。現在、すさまじい勢いで福音が届けられています。それらの歴史を見る時に、私たちは聖書に照らして時代を読むことができます。神は約束し、誓いをもって保証されます。それは私たちが前に置かれている望み、希望を捉えるために前進することを奨励しているからです。

メルキゼデクの祝福の及ぶところ: 平和の王メルキゼデクは戦争で疲れたアブラハムに神の祝福の言葉を携えて来ました。「キリストはメルキゼデクの位に等しい祭司」と唱えられたとあります。祭司は、律法によりレビの子孫でなければなりません。イスラエルでの最初の大祭司はアロンでした。ところが、アロンよりずっと前の人物のメルキゼデクには系図もありませんでした。これは、イエス・キリストがレビの系図になく律法では祭司としては認められていないユダ族から発している事とも類似しています。モーセの律法を与えられた民は、律法を守ることによって神に近づこうとしました。しかし、決まりを守ることによっては、彼らの良心を満たすことはできませんでした。行いを積むことが返って、彼らの高ぶりとなりました。律法の本来の使命は、罪を示されて、心砕かれ、へりくだって、神を見上げ信仰へ進むことです。そして、赦されていることに感謝するのです。罪赦された人は前向きに歩み出します。そのことで、今度は隣人のために自分の賜物を使うようになります。自分の人生が他の人のために用いられている時にこそ人は真に生きるからです。メルキゼデクの祝福は、イエス様を通してすべてのクリスチャンに及んでいます。

神の一方的な選びと祝福

2019年06月2日
説教者:ハレルヤチャペル滝沢牧師  森田友明

<聖書>創世記12章1~9節

12:1 【主】はアブラムに言われた。「あなたは、あなたの土地、あなたの親族、あなたの父の家を離れて、わたしが示す地へ行きなさい。
12:2 そうすれば、わたしはあなたを大いなる国民とし、あなたを祝福し、あなたの名を大いなるものとする。あなたは祝福となりなさい。
12:3 わたしは、あなたを祝福する者を祝福し、あなたを呪う者をのろう。地のすべての部族は、あなたによって祝福される。」
12:4 アブラムは、【主】が告げられたとおりに出て行った。ロトも彼と一緒であった。ハランを出たとき、アブラムは七十五歳であった。
12:5 アブラムは、妻のサライと甥のロト、また自分たちが蓄えたすべての財産と、ハランで得た人たちを伴って、カナンの地に向かって出発した。こうして彼らはカナンの地に入った。
12:6 アブラムはその地を通って、シェケムの場所、モレの樫の木のところまで行った。当時、その地にはカナン人がいた。
12:7 【主】はアブラムに現れて言われた。「わたしは、あなたの子孫にこの地を与える。」アブラムは、自分に現れてくださった【主】のために、そこに祭壇を築いた。
12:8 彼は、そこからベテルの東にある山の方に移動して、天幕を張った。西にはベテル、東にはアイがあった。彼は、そこに【主】のための祭壇を築き、【主】の御名を呼び求めた。
12:9 アブラムはなおも進んで、ネゲブの方へと旅を続けた。

<要約>

神は他の人ではなくあなたを選ばれる:

アブラムが神に選ばれた理由は書いていません。アブラハムを通して地上のすべての民族を祝福すると言われました。それと同じように、神はあなたに目を留め、あなたを祝福の伝達者、祝福の基とするというのです。神は個人的にあなたという人を選んでくださいました。アブラハムは、偉大な信仰者、信仰の父とも言われていますが、初めから、そうではありませんでした。徹底して、神を信頼しきった人生でした。希望を持ち続け、それにより信仰が建て挙げられたのです。私たちもアブラハムのように、神をどこまでも信頼していきましょう。

神があなたに与える祝福とは:

神に従うアブラムに、神は繁栄の約束を与えました。アブラハムの祝福を受け継ぐクリスチャンである私たちにも、神は天にある豊かなあふれる富をお与えになります。そして、「あなたを祝福する者を神は祝福し、あなたを呪うものを神は呪う」と宣言されました。イエス・キリストに頼るものはどんな時も圧倒的な勝利者となるのです。次に、神の祝福は、罪の赦しと永遠のいのちです。それは、アブラハムの子孫イエス・キリストにより与えられるものです。神は、あなたを愛し、神のひとり子イエス・キリストによって救いの道を用意してくださいました。キリストにより罪赦されて永遠のいのちに生かされているからです。

神の選びと祝福を受けた者の応答:

繁栄と勝利の祝福を受けたアブラハムは、どうしたでしょうか。彼は主のために祭壇を築き、主の御名によって祈ったと書いています。これが、神の約束を受けた者の応答です。イスラエルは祭司の民とも言われています。祭壇を築き、神を礼拝し、とりなしをしたのです。イスラエルの国家としてのスピリットは、世界の人々の破れ口に立つということです。ですから、他国の災害時にはいの一番に救助隊を送って最新の技術で救助します。また、イスラエルは技術国家として、様々な世界平和に寄与する先端技術を開発しています。同様に、霊的なイスラエルの民であるクリスチャンは、全国民の祝福の基となる人々です。神は、あなたを用いて、あなたの周りの人々を驚くべき光の中に招かれるのです。