罪と世と悪魔からの解放

2023年7月2日(日)主日礼拝説教ハレルヤチャペル滝沢牧師森田友明

<聖書>出エジプト記2:23~3:10
【新改訳2017】
2:23 それから何年もたって、エジプトの王は死んだ。イスラエルの子らは重い労働にうめき、泣き叫んだ。重い労働による彼らの叫びは神に届いた。
2:24 神は彼らの嘆きを聞き、アブラハム、イサク、ヤコブとの契約を思い起こされた。
2:25 神はイスラエルの子らをご覧になった。神は彼らをみこころに留められた。

3:1 モーセは、ミディアンの祭司、しゅうとイテロの羊を飼っていた。彼はその群れを荒野の奥まで導いて、神の山ホレブにやって来た。
3:2 すると【主】の使いが、柴の茂みのただ中の、燃える炎の中で彼に現れた。彼が見ると、なんと、燃えているのに柴は燃え尽きていなかった。
3:3 モーセは思った。「近寄って、この大いなる光景を見よう。なぜ柴が燃え尽きないのだろう。」
3:4 【主】は、彼が横切って見に来るのをご覧になった。神は柴の茂みの中から彼に「モーセ、モーセ」と呼びかけられた。彼は「はい、ここにおります」と答えた。
3:5 神は仰せられた。「ここに近づいてはならない。あなたの履き物を脱げ。あなたの立っている場所は聖なる地である。」
3:6 さらに仰せられた。「わたしはあなたの父祖の神、アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である。」モーセは顔を隠した。神を仰ぎ見るのを恐れたからである。
3:7 【主】は言われた。「わたしは、エジプトにいるわたしの民の苦しみを確かに見、追い立てる者たちの前での彼らの叫びを聞いた。わたしは彼らの痛みを確かに知っている。
3:8 わたしが下って来たのは、エジプトの手から彼らを救い出し、その地から、広く良い地、乳と蜜の流れる地に、カナン人、ヒッタイト人、アモリ人、ペリジ人、ヒビ人、エブス人のいる場所に、彼らを導き上るためである。
3:9 今、見よ、イスラエルの子らの叫びはわたしに届いた。わたしはまた、エジプト人が彼らを虐げている有様を見た。
3:10 今、行け。わたしは、あなたをファラオのもとに遣わす。わたしの民、イスラエルの子らをエジプトから導き出せ。」

<要約>

苦しみ叫び痛みをみこころに留める神:

現代社会を見るときに、侵略戦争、災害、殺人、窃盗、自殺などが全世界のどこかで起こっています。大勢の人々がそのために悲惨を味わい、命を落としています。また、私たちは、平和をつくりたい、皆が仲良く暮らしたい、赦し合い愛し合う世界にしたいという願いを持っていながら、争いやいざこざをなくすことができません。そして、せっかく造った建造物も皆がれきにしています。罪と世と悪魔の力が働いているのです。それは、個人レベルでも民族レベルでも国家レベルでも同じです。神はイスラエルの叫びに耳を傾け、みこころに止められたと書いています。信者の叫びは届いています。すぐに答えが出ないから、聞いておられないというのではありません。神は最善の時を待っておられ、最善の方法で祈りを聞いてくださるのです。苦しみ叫び痛みをみこころを留める神と題してお話ししています。神は、あなたの苦しみ、叫び、悩み、痛みに向き合ってくださっているのです。イエス様は、十字架の上でこの「苦しみ、叫び、痛み」をあなたの救いのために担われました。ですから、向き合うことができるのです。

あなたを召し働きにつかせてくださる神:

信者はみな、神から呼び出された者たちです。ですから、すべての信者には多かれ少なかれモーセが体験したように、三つのステップで召命ないし使命を受けるといえます。第一番目が神の臨在に触れるということです。これは、現在の私たちに当てはめると、聖霊がみことばを用いてあなたの心に語りかけることです。第二番目は、聖別です。神は、神はモーセを聖別しました。イエス様を信じたとき、神が私達を聖め分かって、神の子どもとし、聖なる民に加えてくださったことです。それは、神はあなたに働きと使命を持っておられることです。第三は派遣です。神はモーセを呼び出して、使命を与えて、エジプトへ派遣しました。同様に、神はあなたを必要としている人々に派遣なさるのです。私たちすべての信者に与えられている使命は、福音を周りの人々に伝えることです。また、お一人お一人、それぞれに与えられている使命は、それぞれの力に応じて隣人にお仕えすることです。隣人愛の実践と言えます。人は自分のためにだけ生きていてもむなしくなるのです。隣人のために生きるときにこそ人は心に充足感を得るのです。人は、人のため神のために生きるときにこそ、豊かで充足した人生があるのです。