ゲッセマネ、イエスの悲しみと勝利

2020年2月16日
説教者:ハレルヤチャペル滝沢牧師  森田友明

<聖書>マタイの福音書26章36~46節
26:36 それから、イエスは弟子たちと一緒にゲツセマネという場所に来て、彼らに「わたしがあそこに行って祈っている間、ここに座っていなさい」と言われた。
26:37 そして、ペテロとゼベダイの子二人を一緒に連れて行かれたが、イエスは悲しみもだえ始められた。
26:38 そのとき、イエスは彼らに言われた。「わたしは悲しみのあまり死ぬほどです。ここにいて、わたしと一緒に目を覚ましていなさい。」
26:39 それからイエスは少し進んで行って、ひれ伏して祈られた。「わが父よ、できることなら、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。しかし、わたしが望むようにではなく、あなたが望まれるままに、なさってください。」
26:40 それから、イエスは弟子たちのところに戻って来て、彼らが眠っているのを見、ペテロに言われた。「あなたがたはこのように、一時間でも、わたしとともに目を覚ましていられなかったのですか。
26:41 誘惑に陥らないように、目を覚まして祈っていなさい。霊は燃えていても肉は弱いのです。」
26:42 イエスは再び二度目に離れて行って、「わが父よ。わたしが飲まなければこの杯が過ぎ去らないのであれば、あなたのみこころがなりますように」と祈られた。
26:43 イエスが再び戻ってご覧になると、弟子たちは眠っていた。まぶたが重くなっていたのである。
26:44 イエスは、彼らを残して再び離れて行き、もう一度同じことばで三度目の祈りをされた。
26:45 それから、イエスは弟子たちのところに来て言われた。「まだ眠って休んでいるのですか。見なさい。時が来ました。人の子は罪人たちの手に渡されます。
26:46 立ちなさい。さあ、行こう。見なさい。わたしを裏切る者が近くに来ています。」

<要約>

共に祈るとき悲しみは半減し喜びは二倍となる:

  • イエスは、苦しみも悲しみも分かち合える友を求めておられる。
  • イエスは、あなたに切なる祈りを要請しておられる。
  • 教会の交わりは、「喜ぶ者と喜び、悲しむ者と悲しむ」のである

私たちが一緒に礼拝し、一緒に祈ることの大きな意義がそこにあります。イエス様と共に歩み、ともに苦しみ、ともに喜ぶことを私たちは続けなければなりません。教会はイエス様を中心とした兄弟姉妹の交わりです。私たちは試練にあっても祈り支え合うのです。さらに、クリスチャンは教会から出て、隣人に対しても、一緒にイエス様に祈ることを広げていくことが大切です。共に喜ぶとき、喜びは倍になり、共に悲しむとき、悲しみは半分になる、それは、万有引力の法則の様に確かな霊的法則です。

イエスはあなたを救うために十字架に向かって立ち上がられた:

  • 生まれながらの人は自らの罪により滅びへと向かっている
  • イエスは滅びへと向かっている人々を惜しまれ、悲しまれている
  • 創り主がおられることは偏見のない目で自然界を見れば明らかである
  • イエスは、死の向こうに復活と永遠のいのちの希望を示された

イエス様は、祈りぬかれて、最後に「立ちなさい。さあ、行くのです。」と堂々と足を踏み出し目前の十字架に向かいました。この後、捕えられて裁判にかけられ、十字架につけられて殺され葬られましたが、三日目によみがえり、40日間弟子たちに現れて、オリーブ山で弟子たちが見ている前で天に昇って行かれました。そして再び来られると約束しました。イエス様は死は絶望ではなくその向こうにある復活と永遠のいのちを示してくださいました。そして、この復活と永遠のいのちは信じる者すべての人に与えられるプレゼントです。イエス様を信じて救われましょう。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です