洗足、十字架、極みの愛

2020年2月9日
説教者:ハレルヤチャペル滝沢牧師  森田友明

<聖書>ヨハネ13章1~14節
13:1 さて、過越の祭りの前のこと、イエスは、この世を去って父のみもとに行く、ご自分の時が来たことを知っておられた。そして、世にいるご自分の者たちを愛してきたイエスは、彼らを最後まで愛された。
13:2 夕食の間のこと、悪魔はすでにシモンの子イスカリオテのユダの心に、イエスを裏切ろうという思いを入れていた。
13:3 イエスは、父が万物をご自分の手に委ねてくださったこと、またご自分が神から出て、神に帰ろうとしていることを知っておられた。
13:4 イエスは夕食の席から立ち上がって、上着を脱ぎ、手ぬぐいを取って腰にまとわれた。
13:5 それから、たらいに水を入れて、弟子たちの足を洗い、腰にまとっていた手ぬぐいでふき始められた。
13:6 こうして、イエスがシモン・ペテロのところに来られると、ペテロはイエスに言った。「主よ、あなたが私の足を洗ってくださるのですか。」
13:7 イエスは彼に答えられた。「わたしがしていることは、今は分からなくても、後で分かるようになります。」
13:8 ペテロはイエスに言った。「決して私の足を洗わないでください。」イエスは答えられた。「わたしがあなたを洗わなければ、あなたはわたしと関係ないことになります。」
13:9 シモン・ペテロは言った。「主よ、足だけでなく、手も頭も洗ってください。」
13:10 イエスは彼に言われた。「水浴した者は、足以外は洗う必要がありません。全身がきよいのです。あなたがたはきよいのですが、皆がきよいわけではありません。」
13:11 イエスはご自分を裏切る者を知っておられた。それで、「皆がきよいわけではない」と言われたのである。
13:12 イエスは彼らの足を洗うと、上着を着て再び席に着き、彼らに言われた。「わたしがあなたがたに何をしたのか分かりますか。
13:13 あなたがたはわたしを『先生』とか『主』とか呼んでいます。そう言うのは正しいことです。そのとおりなのですから。
13:14 主であり、師であるこのわたしが、あなたがたの足を洗ったのであれば、あなたがたもまた、互いに足を洗い合わなければなりません。

<要約>

洗足により極みまで愛してくださる神:

  • 神が無になり仕える者となってあなたに行動を起こしておられる
  • 神は神に敵する者をも極みまで愛される
  • 神に汚れた足を差し出し洗っていただく謙虚さと勇気を神は喜ばれる
  • あなたのいのちが救われるためにイエス様は十字架であなたの身代わりとなった
  • あなたがイエス様に心を開いて罪をきよめていただくときイエス様の弟子となる

皆さんは、イエス様があなたをその極みまで愛しておられるということばを信じていますか。今も生きておられここにおられるイエス様が、「わたしはあなたを完全に、極みまで、この上もなく愛しているのだよ」と宣言しておられます。それは無条件の愛です。イエス様はユダも愛していました。罪人を愛されているということがわかります。しかし、ユダはその愛を受け止めないで、悔い改めることなく裏切り、ついには自殺してしまいました。私たちはユダにならないでイエス様のこの愛を素直に受け止めましょう。

互いに赦し合い互いに仕えあう:

  • イエス様は模範を示し、お互いに赦し合い仕え合いなさいと言われた
  • 無条件の罪の赦しはこの世にはない、神の国の出張所である教会にはある

私たちは兄弟姉妹の罪を赦すのです。それが、互いに足を洗うことの意味です。クリスチャンは日ごとに主に足を洗っていただく者であり、同時に兄弟姉妹の足を洗う者たちです。キリストの弟子である私たちクリスチャンはお互いに仕えあうことによってその愛を全うしなさいというのです。

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