ピンチがチャンスに変わるとき

2019年09月29日
説教者:ハレルヤチャペル滝沢牧師  森田友明

<聖書>エステル記4章1~17節

4:1 モルデカイは、なされたすべてのことを知った。モルデカイは衣を引き裂き、粗布をまとい、灰をかぶり、大声で激しくわめき叫びながら都の真ん中に出て行った。
4:2 そして王の門の前のところまで来た。王の門の中には、粗布をまとったままでは入ることができなかったのである。
4:3 王の命令とその法令が届いたどの州においても、ユダヤ人の間には大きな悲しみがあり、断食と泣き声と嘆きが起こり、多くの人たちは粗布をまとって灰の上に座った。
4:4 エステルの侍女たちとその宦官たちが入って来て、彼女にこのことを告げたので、王妃は非常に痛み苦しんだ。彼女はモルデカイに衣服を送り、それを着せて、粗布を脱がせようとしたが、彼はそれを受け取らなかった。
4:5 エステルは、王の宦官の一人で、王が彼女に仕えさせるために任命していたハタクを呼び寄せ、モルデカイのところへ行って、これはどういうわけか、また何のためかと聞いて来るように命じた。
4:6 ハタクは王の門の前の、町の広場にいるモルデカイのところに出て行った。
4:7 モルデカイは自分の身に起こったことをすべて彼に告げ、ハマンがユダヤ人を滅ぼすために王の宝物庫に納めると約束した、正確な金額も告げた。
4:8 また、ユダヤ人を根絶やしにするためにスサで発布された法令の文書の写しを彼に渡した。それは、エステルに見せて事情を知らせ、そして彼女が王のところに行って、自分の民族のために王からのあわれみを乞い求めるように、彼女に命じるためであった。
4:9 ハタクは帰って来て、モルデカイの伝言をエステルに告げた。
4:10 エステルはハタクに命じて、モルデカイにこう伝えた。
4:11 「王の家臣たちも王の諸州の民も、だれでも知っているように、召されないのに奥の中庭に入って王のところに行く者は、男でも女でも死刑に処せられるという法令があります。ただし、王がその人に金の笏を差し伸ばせば、その人は生きながらえます。私はこの三十日間、まだ王のところへ行くようにと召されていません。」
4:12 彼がエステルのことばをモルデカイに告げると、
4:13 モルデカイはエステルに返事を送って言った。「あなたは、すべてのユダヤ人から離れて王宮にいるので助かるだろう、と考えてはいけない。
4:14 もし、あなたがこのようなときに沈黙を守るなら、別のところから助けと救いがユダヤ人のために起こるだろう。しかし、あなたも、あなたの父の家も滅びるだろう。あなたがこの王国に来たのは、もしかすると、このような時のためかもしれない。」
4:15 エステルはモルデカイに返事を送って言った。
4:16 「行って、スサにいるユダヤ人をみな集め、私のために断食してください。三日三晩、食べたり飲んだりしないようにしてください。私も私の侍女たちも、同じように断食します。そのようにしたうえで、法令に背くことですが、私は王のところへ参ります。私は、死ななければならないのでしたら死にます。」
4:17 モルデカイは出て行って、エステルが彼に頼んだとおりにした。

<要約>

勇気ある決断が状況を変える:

エステルはモルデカイに再び返事を送ります。エステルの決心は、次のみことばに現れています。「たとい法令にそむいても私は王のところへまいります。私は、死ななければならないのでしたら、死にます。」信仰の決断は、先がわかってするものではありません。先は見えなくても、神は最善のことをしてくださる。王は内庭に立つエステルを見ると金の笏を差し伸べて、謁見を赦しました。王は言います。「どうしたのだ。王妃エステル。何がほしいのか。国の半分でも、あなたにやれるのだが。」王はエステルが法令を犯してまでも王の前に来たのにはそれなりの用件があったに違いないと思いました。王は、エステルのなぞめいた応答に、その夜はなかなか眠れませんでした。そして、過去の記録である年代記を読ませて、モルデカイの功績に気付くのです。モルデカイが以前、王の暗殺計画を未然に察知して王をその危機から救ったことに対して、王はモルデカイにまだ、報いを与えていなかったことにも気づいたのです。王は栄誉をモルデカイに与えるようにハマンに命じます。モルデカイに対する計画は見事に頓挫しました。そこではじめて、エステルは、民族の救いを願い、ハマンの策略を王に述べるのです。ハマンはモルデカイを木にかけて処刑するために準備したその木に自らかけられて殺されてしまいました。私たちは勇気をもってみことばに則って歩むとき、現時点で死に瀕していても必ず、神の与える勝利を手にすることができるのです。

不安の中でも踏み出す一歩が現状を開く:

エステルは不安の中で、主を呼び求めます。そして、ユダヤ人たちに祈りの要請をしたのです。それが、信仰者の姿です。スサにいるユダヤ人を集めて三日三晩断食をして祈ることを願いました。その時には、どのように王に取り入るか、まだ、わからなかったと思います。しかしまず、決断したのです。それは、神の民として最善を尽くすということです。そして、信仰者としてまず祈りの中に備えるということです。今まで歩んできたところを思い浮かべましょう。問題を抱えていました。そして、その時は、ピンチだったかもしれませんが、今それがチャンスに変えられたから今があるのではないでしょうか。神様は一人ひとり、クリスチャンの人生を責任もって導いてくださっていると確信をもって言えます。

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