2026年1月4日(日)主日礼拝説教ハレルヤチャペル滝沢牧師森田友明
<聖書>エペソ人への手紙2章11~22節
【新改訳2017】
2:11 ですから、思い出してください。あなたがたはかつて、肉においては異邦人でした。人の手で肉に施された、いわゆる「割礼」を持つ人々からは、無割礼の者と呼ばれ、
2:12 そのころは、キリストから遠く離れ、イスラエルの民から除外され、約束の契約については他国人で、この世にあって望みもなく、神もない者たちでした。
2:13 しかし、かつては遠く離れていたあなたがたも、今ではキリスト・イエスにあって、キリストの血によって近い者となりました。
2:14 実に、キリストこそ私たちの平和です。キリストは私たち二つのものを一つにし、ご自分の肉において、隔ての壁である敵意を打ち壊し、
2:15 様々な規定から成る戒めの律法を廃棄されました。こうしてキリストは、この二つをご自分において新しい一人の人に造り上げて平和を実現し、
2:16 二つのものを一つのからだとして、十字架によって神と和解させ、敵意を十字架によって滅ぼされました。
2:17 また、キリストは来て、遠くにいたあなたがたに平和を、また近くにいた人々にも平和を、福音として伝えられました。
2:18 このキリストを通して、私たち二つのものが、一つの御霊によって御父に近づくことができるのです。
2:19 こういうわけで、あなたがたは、もはや他国人でも寄留者でもなく、聖徒たちと同じ国の民であり、神の家族なのです。
2:20 使徒たちや預言者たちという土台の上に建てられていて、キリスト・イエスご自身がその要の石です。
2:21 このキリストにあって、建物の全体が組み合わされて成長し、主にある聖なる宮となります。
<要約>
十字架により敵意が和解に代えられた
世界がつくられた当初はそのように神を中心として、愛が循環していく社会で祝福と喜びの人生でした。ところが、人は、神の敵であるサタンの誘惑に会い、神の上に自分を置こうとしたのです。「善悪の知識の木の実」をとって食べてしまいました。神の戒めを破り罪が入りました。罪の結果、死も入りました。神との関係は断絶し、愛の関係が敵対関係に変わったのです。人は神から離れ、神を認めず、愛と信頼の世界が、憎しみと争いの世界に変わってしまったのです。ですから、それ以来世界には、対立や戦争が絶えません。人類の歴史は戦争の歴史であるといわれる通りです。サタンは人と神の関係を分断して、愛と信頼を敵意と争いに代えてしまいました。しかし、キリストの十字架により神と敵対関係にあった私たちは、神との和解を得ました。キリストが十字架で人の罪を取り除いて神と人の間の隔ての壁を打ち破ってくださったからです。罪により神の敵であった私たちは、キリストの十字架の死によって神と和解させられました。これまでは、罪と死と悪魔によって滅びに定められていたのですが、御子の死によって、滅びからいのちに移されました。それは、この肉体のいのちが終わっても、永遠のいのちをいただき、悲しみも苦しみもない、御国で感謝と喜びに満たされて生きるいのちです。それは神の約束で確かなことです。
教会は神の家族;
悪魔の支配下に置かれた人々がキリストの支配下に移され、神の民となりました。それは、目には見えませんが、時代を超えて、場所を超えて、天にある普遍的な教会です。成長して、聖なる宮となっています。私たちは、信じて洗礼を受けてその目に見えない普遍的教会の一因となりました。そして、同時に地上にあるハレルヤチャペルという教会にも属しています。教会は主にある兄弟姉妹による家族です。教会の頭はキリストです。キリストを中心として働きや賜物によって、職務が与えられています。牧師や伝道者、運営のための役員、会堂の準備、清掃、など維持管理のための人材も必要です。教会はどんなに小さくても、大きな岩であり、どんなに祝福を受ける場所であるかを示しています。そして、教会に集う信者一人ひとりに、人生の幸いと勝利が保証されています。そこに、私たちは罪赦されたものとして、キリストを模範として生きるのです。