主の熱心が成し遂げたこと

2021年12月5日主日礼拝説教 ハレルヤチャペル滝沢牧師 森田友明

<聖書>イザヤ書9章1~7節
9:1 しかし、苦しみのあったところに闇がなくなる。先にはゼブルンの地とナフタリの地は辱めを受けたが、後には海沿いの道、ヨルダンの川向こう、異邦の民のガリラヤは栄誉を受ける。
9:2 闇の中を歩んでいた民は大きな光を見る。死の陰の地に住んでいた者たちの上に光が輝く。
9:3 あなたはその国民を増やし、その喜びを増し加えられる。彼らは、刈り入れ時に喜ぶように、分捕り物を分けるときに楽しむように、あなたの御前で喜ぶ。
9:4 あなたが、彼が負うくびきと肩の杖、彼を追い立てる者のむちを、ミディアンの日になされたように打ち砕かれるからだ。
9:5 まことに、戦場で履いたすべての履き物、血にまみれた衣服は焼かれて、火の餌食となる。
9:6 ひとりのみどりごが私たちのために生まれる。ひとりの男の子が私たちに与えられる。主権はその肩にあり、その名は「不思議な助言者、力ある神、永遠の父、平和の君」と呼ばれる。
9:7 その主権は増し加わり、その平和は限りなく、ダビデの王座に就いて、その王国を治め、さばきと正義によってこれを堅く立て、これを支える。今よりとこしえまで。万軍の【主】の熱心がこれを成し遂げる。

<要約>

闇と死の陰を歩む人間社会

国際社会では国家間で緊張が高まっています。戦争の危機も常にあると言えます。地球環境では地球温暖化も歯止めがかからない状況です。コロナウイルスのパンデミックは全世界を覆っています。これらは、世界を覆う闇ということができるのではないでしょうか。日本社会を見ても、少子高齢化の波は凄まじく、数年前から人口減に入っております。このように闇はいたるところにあります。そして、人間社会はいずれ、この闇の中に埋もれていきます。個人としては、やがて必ず死がやってきます。今まで人類が歩んできた歴史を見ると二通りの世界観があります。一つは、人間中心の世界観です。もう一つは、神中心の世界観です。人間中心の世界観では、万物をそして人間をおつくりになった神は蚊帳の外に置かれています。神は無視されています。しかし、人間が中心の歴史は先ほど述べたように、もう筋書きが見えています。死と滅びで終わる歴史です。しかし、神中心、すなわち、神が導いておられるという歴史は、真実の歴史と言えます。聖書が示している通り、死と滅びではなく、回復と永遠のいのち、すなわち救いの歴史です。

死の陰から永遠のいのちに移してくださる神

パウロはエペソの教会の信徒に向けて、手紙を書きました。これを私たちに当てはめて読むと、私たちは自分の罪のために死んでいました。神が分からない、自分の罪が分からないのです。しかし、キリストは私たちの罪を取り除くためにお生まれになりました。イエス様は私たちのすべての罪を背負い十字架で身代わりとなって神の裁きを受け死ぬためにお生まれになりました。そして、死んで葬られて、三日目に復活し、信じる者に永遠のいのちをお与えくださるのです。私たちは神のいのち、永遠のいのちをいただいています。神は、死と滅びに向かう人間社会、そして、すべての個人を憐れんで救おうとしてくださいます。そして、キリストを信じる者に死と滅びに代えて、回復と永遠のいのちを与えてくださいます。すべての人、すなわちすべての個人、そして、あなたを、死の影から永遠の命に移してくださるのです。

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