天の御国は近づいた

2023年1月22日(日)主日礼拝説教ハレルヤチャペル滝沢牧師森田友明

<聖書>マタイの福音書3章1~17節

【新改訳2017】
3:1 そのころバプテスマのヨハネが現れ、ユダヤの荒野で教えを宣べ伝えて、
3:2 「悔い改めなさい。天の御国が近づいたから」と言った。
3:3 この人は、預言者イザヤによって「荒野で叫ぶ者の声がする。『主の道を用意せよ。主の通られる道をまっすぐにせよ』」と言われた人である。
3:4 このヨハネはらくだの毛の衣をまとい、腰には革の帯を締め、その食べ物はいなごと野蜜であった。
3:5 そのころ、エルサレム、ユダヤ全土、ヨルダン川周辺のすべての地域から、人々がヨハネのもとにやって来て、
3:6 自分の罪を告白し、ヨルダン川で彼からバプテスマを受けていた。
3:7 ヨハネは、大勢のパリサイ人やサドカイ人が、バプテスマを受けに来るのを見ると、彼らに言った。「まむしの子孫たち、だれが、迫り来る怒りを逃れるようにと教えたのか。
3:8 それなら、悔い改めにふさわしい実を結びなさい。
3:9 あなたがたは、『われわれの父はアブラハムだ』と心の中で思ってはいけません。言っておきますが、神はこれらの石ころからでも、アブラハムの子らを起こすことができるのです。
3:10 斧はすでに木の根元に置かれています。だから、良い実を結ばない木はすべて切り倒されて、火に投げ込まれます。
3:11 私はあなたがたに、悔い改めのバプテスマを水で授けていますが、私の後に来られる方は私よりも力のある方です。私には、その方の履き物を脱がせて差し上げる資格もありません。その方は聖霊と火であなたがたにバプテスマを授けられます。
3:12 また手に箕を持って、ご自分の脱穀場を隅々まで掃ききよめられます。麦を集めて倉に納め、殻を消えない火で焼き尽くされます。」
3:13 そのころ、イエスはガリラヤからヨルダン川のヨハネのもとに来られた。彼からバプテスマを受けるためであった。
3:14 しかし、ヨハネはそうさせまいとして言った。「私こそ、あなたからバプテスマを受ける必要があるのに、あなたが私のところにおいでになったのですか。」
3:15 しかし、イエスは答えられた。「今はそうさせてほしい。このようにして正しいことをすべて実現することが、わたしたちにはふさわしいのです。」そこでヨハネは言われたとおりにした。
3:16 イエスはバプテスマを受けて、すぐに水から上がられた。すると見よ、天が開け、神の御霊が鳩のようにご自分の上に降って来られるのをご覧になった。
3:17 そして、見よ、天から声があり、こう告げた。「これはわたしの愛する子。わたしはこれを喜ぶ。」

<要約>

悔い改めて神と向き合う:

罪の根源は、神を無視し、信ぜず、そればかりでなく、神の存在さえ認めないこと。あるいは、あなたの中から神を追い出して生活していることです。神がおられるなんて、考えたこともない、心に浮かんだこともない、これこそが、本来あるべき神との関係を失っている状態です。その様な状態では「神の栄光を受けることができない」と聖書にあります。それは、神はあなたを心配して祝福しようとなさっているのに、あなたは知らん顔して、そっぽを向いているという状態です。悔い改めは、思いを変えて、神を見上げ、神を心にお迎えすることです。イエス様が、「すべての正しいことを実行するのは、わたしたちにふさわしいのです。」というのは、御心に従う行為であり、信仰から出た行為です。心が正されると、行いも正されます。まだ、神との正しい関係に入っていない人は、悔い改めて、イエス・キリストを信じて洗礼を受けること、聖餐式を守ることです。それは、神との正しい関係に入ることを意味します。あなたと神の関係は大丈夫でしょうか。もう一度、悔い改めて神と向き合いましょう。

天の御国を持ってきたイエス様:

神が長い間準備をしてこられたことが実行に移されました。イエス様がヨハネからバプテスマを受けて、いよいよイエス様がすべての人の救いのわざに立ち上がったことを神は喜ばれました。そして、「これはわたしの愛する子、わたしはこれを喜ぶ」と声をかけられました。しかしその時、イエス様は、人々の罪の贖いの代価として、十字架で苦しみ命を捨てなければならないと決意したのではないでしょうか。イエス様は十字架で人の罪の贖いをすることにより、神と人との正しい関係を取り戻してくださいました。それは、イエス様が天の御国を私たちのところに持ってこられたと言えます。キリストが支配する国を打ち立ててくださいました。キリストを信じる者は、神の国に属するのです。キリストがあなたの人生の主となり、あなたにかかわる一切を統治してくださいます。国のトップが変わると国が変わります。キリストが主となると人生が変わります。