べテスダの池で伏せる男

2026年4月19日(日)主日礼拝説教ハレルヤチャペル滝沢牧師森田友明

<要約>
失われた人生からの救い:

彼は肉体ばかりでなく、心も病んでいました。水が動く肝心な時に誰も助けてくれない。孤独を味わい、また、同情されることもなく、傷ついていました。38年間も何の変化もないむなしく過ぎ去る人生です。誰も自分を池に入れてくれる人はいない。互いに弱い者同士助け合うのではなく、自分さえよければよいという独りよがりの人生。責任転嫁と弁解の人生。人任せで無気力な人生。これは、失われた人生と言えます。そして、「キリストは失われたものを探して救うために来られた」のです。イエス様は、彼を無気力から呼び覚まし、本来のあるべき人生にもどそうと声をかけられたのです。最初、かれは的外れな返答をしてしまいましたが、すぐに、思い起こしたのです。自分は神に病気を治していただくためにベテスダへ来たことを。イエス様は、「よくなりたいか」と言って、彼の心に、信仰の火を灯したのです。彼は忘れ失いかけていた願いを思い起こしました。「主よ。私の願いは立って歩くことです。あなたは全能の神、癒す神です。そのことを信じます。」その信仰を見て、イエス様は命じられました。「起きて床を取り上げて歩きなさい。」するとすぐに、彼の病は治り床を取り上げて歩き出したのです。もう罪を犯してはならない、そうでないともっと悪いことがあなたに起こるかもしれない。すなわち、罪の赦しと病の癒しが宣言されているのです。神は失われた人を救うためにいのちの代価を払ってくださいました。それがイエス・キリストの十字架です。罪によって失われていのちを神のひとり子のいのちに代えて買い戻してくださったのです。

人の幸せのために働く神:

律法では安息日に仕事をしてはいけない。とありますので、ユダヤ人たちは、その男が床を取り上げたことは違反であるというのです。イエス様が律法を犯して、安息日に病をいやしたことを違反行為として、イエス様を迫害し始めたのです。確かに、モーセの十戒の第三戒には、安息日を聖としなさいと書いています。すなわち、安息日は仕事を休み、神を礼拝しなさいというのです。しかし、イエス様は、「安息日は人のために設けられたのです。人が安息日のために作られたのではありません」と言われました。神がモーセを通してイスラエルの民に与えられた十戒は、第三戒の「安息日を聖としなさい」と同じように、全人類に与えられたものです。それは、人のために神がお与えになったルールです。人が、幸せな人生を送ることができるために神がお与えになった決まりです。十戒は「幸せのルール」といえます。人をおつくりになった神が人のためにお与えになったルールですから、そのルールに沿って生きれば必ず幸せになるのです。それが律法です。神は安息日にも休むことなく、今日に至るまで人のために働き続けておられるのです。神は、人が真の自由を得て幸せに生きることができるようにと安息日を定め、十戒を与えられました。人はそれを履き違えて、律法を、心を縛り自由を奪うために用いてしまったのです。これがこの男に対するユダヤ人の対応でした。神はあなたに自由と幸せな人生を与えようとされています。その自由は、死からさえもあなたを自由にします。そして、信じる者に将来と希望を与えてくださるのです。それが神の約束です。救い主イエス・キリストを信じて、神との親しい関係にお入りになり、神の子供としてその祝福を受け継ぐ決断をしてみませんか。それは神のいのちにつながる永遠に続く素晴らしい祝福と恵みです。

<聖書>ヨハネの福音書5章1~18節
【新改訳2017】
5:1 その後、ユダヤ人の祭りがあって、イエスはエルサレムに上られた。
5:2 エルサレムには、羊の門の近くに、ヘブル語でベテスダと呼ばれる池があり、五つの回廊がついていた。
5:3 その中には、病人、目の見えない人、足の不自由な人、からだに麻痺のある人たちが大勢、横になっていた。
5:4 【本節欠如】
5:5 そこに、三十八年も病気にかかっている人がいた。
5:6 イエスは彼が横になっているのを見て、すでに長い間そうしていることを知ると、彼に言われた。「良くなりたいか。」
5:7 病人は答えた。「主よ。水がかき回されたとき、池の中に入れてくれる人がいません。行きかけると、ほかの人が先に下りて行きます。」
5:8 イエスは彼に言われた。「起きて床を取り上げ、歩きなさい。」
5:9 すると、すぐにその人は治って、床を取り上げて歩き出した。ところが、その日は安息日であった。
5:10 そこでユダヤ人たちは、その癒やされた人に、「今日は安息日だ。床を取り上げることは許されていない」と言った。
5:11 しかし、その人は彼らに答えた。「私を治してくださった方が、『床を取り上げて歩け』と私に言われたのです。」
5:12 彼らは尋ねた。「『取り上げて歩け』とあなたに言った人はだれなのか。」
5:13 しかし、癒やされた人は、それがだれであるかを知らなかった。群衆がそこにいる間に、イエスは立ち去られたからである。
5:14 後になって、イエスは宮の中で彼を見つけて言われた。「見なさい。あなたは良くなった。もう罪を犯してはなりません。そうでないと、もっと悪いことがあなたに起こるかもしれない。」
5:15 その人は行って、ユダヤ人たちに、自分を治してくれたのはイエスだと伝えた。
5:16 そのためユダヤ人たちは、イエスを迫害し始めた。イエスが、安息日にこのようなことをしておられたからである。
5:17 イエスは彼らに答えられた。「わたしの父は今に至るまで働いておられます。それでわたしも働いているのです。」
5:18 そのためユダヤ人たちは、ますますイエスを殺そうとするようになった。イエスが安息日を破っていただけでなく、神をご自分の父と呼び、ご自分を神と等しくされたからである。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA