赦すため、主の十字架

2026年3月22日(日)主日礼拝説教ハレルヤチャペル滝沢牧師森田友明

<要約>
誰がイエスを十字架につけたの?:

創世記にバベルの塔の事件があります。人類が一つになって天に届く高い塔を建てて神を超えようともくろんだのです。ここにも、神に挑戦する人間の姿が見えます。人間の罪です。神より自分を上において神を超えていくことを願っている。神が人間の上に君臨することを許せない人類の姿です。かくして、神中心であった世界は、神を無視して人間中心主義によって歩んできました。人間本位の世界は、神を認めず、神を信ぜず、神から遠く離れています。私たち人間と創りいのちを与え、それを保っておられる神をないがしろにしているのです。それが、現代における人間の姿です。最初の愛は失われ、それに代わって、争いと分断の歴史を刻んできたのです。皆さんお一人お一人にお訊ねしますが、イエスキリストを十字架につけたのはあなたですか?とんでもない。2000年前の出来事にどうして自分に責任があるというのか。もしあなたが、自分とは関係の無いことであると考えているなら、聖書にあるとおり、神の力を体験することはできないし、イエス様の十字架はあなたとなんの関係もありません。

全能の力であなたを愛し赦す神:

人々は、神の子なら十字架から降りてこいと言いました。神は全能です。イエス様は、その全能の力で、十字架を耐え忍んだのです。そればかりでなく、迫害する者たちを赦しました。イエス様は十字架の上で何と言われましたか?「父よ。この人たちを赦してください、彼らは自分が何をしているのかわからないからです。」全能の力を使って十字架から降りることをしませんでした。むしろ、イエス様を侮辱しあざける人々を愛し赦すためにその力を用いたのです。イエス様は弟子からも裏切られて、人々からあざけられてののしられて悲しみの極みにいました。イエス様は、人間を愛し、赦すためにどうしてもこの十字架が必要であるとわかっていました。ですから、神の子は侮辱しあざける者たち、そして敵対する人類のすべての罪を代りに受けました。神からの呪いである十字架刑を受けたのです。神は、御子イエス・キリストの十字架と復活によって大いなる祝福と恵みを与えてくださいます。十字架のことばとは、イエス・キリストの十字架がもたらしたことです。それは罪の赦しと永遠のいのちです。神の怒りが取り除かれて、神の愛と祝福が注がれるというのです。

<聖書>マタイによる福音書27章27~44節
【新改訳2017】
27:27 それから、総督の兵士たちはイエスを総督官邸の中に連れて行き、イエスの周りに全部隊を集めた。
27:28 そしてイエスが着ていた物を脱がせて、緋色のマントを着せた。
27:29 それから彼らは茨で冠を編んでイエスの頭に置き、右手に葦の棒を持たせた。そしてイエスの前にひざまずき、「ユダヤ人の王様、万歳」と言って、からかった。
27:30 またイエスに唾をかけ、葦の棒を取り上げて頭をたたいた。
27:31 こうしてイエスをからかってから、マントを脱がせて元の衣を着せ、十字架につけるために連れ出した。
27:32 兵士たちが出て行くと、シモンという名のクレネ人に出会った。彼らはこの人に、イエスの十字架を無理やり背負わせた。
27:33 ゴルゴタと呼ばれている場所、すなわち「どくろの場所」に来ると、
27:34 彼らはイエスに、苦みを混ぜたぶどう酒を飲ませようとした。イエスはそれをなめただけで、飲もうとはされなかった。
27:35 彼らはイエスを十字架につけてから、くじを引いてその衣を分けた。
27:36 それから腰を下ろし、そこでイエスを見張っていた。
27:37 彼らは、「これはユダヤ人の王イエスである」と書かれた罪状書きをイエスの頭の上に掲げた。
27:38 そのとき、イエスと一緒に二人の強盗が、一人は右に、一人は左に、十字架につけられていた。
27:39 通りすがりの人たちは、頭を振りながらイエスをののしった。
27:40 「神殿を壊して三日で建てる人よ、もしおまえが神の子なら自分を救ってみろ。そして十字架から降りて来い。」
27:41 同じように祭司長たちも、律法学者たち、長老たちと一緒にイエスを嘲って言った。
27:42 「他人は救ったが、自分は救えない。彼はイスラエルの王だ。今、十字架から降りてもらおう。そうすれば信じよう。
27:43 彼は神に拠り頼んでいる。神のお気に入りなら、今、救い出してもらえ。『わたしは神の子だ』と言っているのだから。」
27:44 イエスと一緒に十字架につけられた強盗たちも、同じようにイエスをののしった。