クリスチャンの身分と職務

2024年9月29日(日)主日礼拝説教ハレルヤチャペル滝沢牧師森田友明


<要約>
古い自分に死にみことばに生きる:

クリスチャンになるということは、古い自分に死んでみことばにより新しい人に生きることです。私たちは、バプテスマにより、腐敗していく古い人を脱ぎ捨てたのです。私たちは、生まれながらの罪びとです。その行き着く先は、死と滅びです。そのような私たちが、神に選ばれ、新しく生まれさせられました。私たちの古い人は、バプテスマにより、イエス様と一緒に十字架につけられて死んだのです。そして、イエス様が復活されたように、私たちもやがて、尽きない永遠のいのちに復活します。生まれたばかりの乳飲み子のように貪欲に乳を慕い求める、それと同じように私たちも神のみことばを慕い求めることを生活の中心に置いていきたいと願います。私たちは古い自分に死んで生まれ変わり新しいいのちに生きるものとして、決してしぼまない希望といつまでも続く喜びに生きるのです。私たちは赦された罪びととして、新しいいのちにより、失敗を恐れず、前向きに歩んでいくのです。

聖なる国民、祭司としての新しい人生:

クリスチャンは、選び分かたれた聖なる国民で、神の民、王である祭司です。私たちは、祭司として神との和解の仲介者とされました。家族知人、友人のため、他の人々のために神にとりなし、栄光の神を証しするのです。この世の中にあって、私たちは三つの領域に生きています。家庭、職場、教会です。三つのそれぞれの場所で、身分と職務に最善を尽くすことが、ペテロが命じている「立派なふるまい、立派な行い」といえます。私たちは、全能の神の子どもとされ、素晴らしい身分と職務を与えられた者たちです。地上のあらゆる富や名誉にはるかに勝る御国を受け継ぐものとされたのです。ですから、神の子、御国の世継ぎの身分にふさわしい願いを神に申し上げましょう。それは、大胆に神に祈り求めることです。神は大胆に祈り求める祈りを喜ばれます。最後にペテロは「この方に信頼するものは決して失望させられることがない」と確信を持って述べています。ペテロは、苦難の死の向こうに栄光に輝く希望をもって生き抜いたのです。「この方に信頼するものは決して失望させられることがない」という言葉は、決して地に落ちることはありません。イエス・キリストに信頼して、決してしぼまない希望と喜びのいつまでも続く人生を自分のものとしていただきたいと思います。

<聖書>ペテロ第1の手紙2章1~12節
【新改訳2017】
2:1 ですからあなたがたは、すべての悪意、すべての偽り、偽善やねたみ、すべての悪口を捨てて、
2:2 生まれたばかりの乳飲み子のように、純粋な、霊の乳を慕い求めなさい。それによって成長し、救いを得るためです。
2:3 あなたがたは、主がいつくしみ深い方であることを、確かに味わいました。
2:4 主のもとに来なさい。主は、人には捨てられたが神には選ばれた、尊い生ける石です。
2:5 あなたがた自身も生ける石として霊の家に築き上げられ、神に喜ばれる霊のいけにえをイエス・キリストを通して献げる、聖なる祭司となります。
2:6 聖書にこう書いてあるからです。「見よ、わたしはシオンに、選ばれた石、尊い要石を据える。この方に信頼する者は決して失望させられることがない。」
2:7 したがってこの石は、信じているあなたがたには尊いものですが、信じていない人々にとっては、「家を建てる者たちが捨てた石、それが要の石となった」のであり、
2:8 それは「つまずきの石、妨げの岩」なのです。彼らがつまずくのは、みことばに従わないからであり、また、そうなるように定められていたのです。
2:9 しかし、あなたがたは選ばれた種族、王である祭司、聖なる国民、神のものとされた民です。それは、あなたがたを闇の中から、ご自分の驚くべき光の中に召してくださった方の栄誉を、あなたがたが告げ知らせるためです。
2:10 あなたがたは以前は神の民ではなかったのに、今は神の民であり、あわれみを受けたことがなかったのに、今はあわれみを受けています。
2:11 愛する者たち、私は勧めます。あなたがたは旅人、寄留者なのですから、たましいに戦いを挑む肉の欲を避けなさい。
2:12 異邦人の中にあって立派にふるまいなさい。そうすれば、彼らがあなたがたを悪人呼ばわりしていても、あなたがたの立派な行いを目にして、神の訪れの日に神をあがめるようになります。

赦すためです主の十字架

2024年9月22日(日)主日礼拝説教ハレルヤチャペル滝沢牧師森田友明

<要約>
赦されない、赦せない苦しみ:

人を赦す、ということは、もともと人間には困難な課題です。しかし、聖書は赦しなさいと命令しています。赦さないというのは、「殺してはならない」という十戒の命令を破ることだからです。つまり、人に対する、怒り、わだかまり、うらみは、心の内で罪を犯していることだからです。罪を赦すという困難な課題に対して、主の祈りでは、「私たちの負い目、あるいは罪をおゆるしください。私たちも私たちに負い目、あるいは罪のある人たちを赦しました。」と祈ります。それは、主が教えてくださった祈りであり命令です。祈れば、神はその祈りを必ず聞いてくださるからです。もし、皆さんの中で、だれかを赦せないという思いがあるならば、その思いをそっくり正直に神に申し上げなければなりません。赦せない自分と格闘しなければなりません。その時、同時にあなたは、あなたがどんなにか神に赦されていることかに気付くのです。神の赦しには、期限があります。この世の命が終わった後、神に裁かれるからです。私たちがこの世にいる間に無題課で提供された神の赦しを受け取る必要があります。

赦された者の平安と喜びの人生:

イエス様の十字架により、私たちは赦された罪びとです。そして、イエス様の復活により、復活のいのち、永遠のいのち、新しいいのちに生きるものとされました。では、罪赦されて、新しいいのちをいただいたクリスチャンはどのように生きればよいのでしょうか。私たちは礼拝の民として、まず、礼拝を中心として神中心の生活をします。そして、私たちクリスチャンは主に三つの領域に遣わされています。家庭、社会、教会です。その三つの領域にベストを尽くすのです。それが、神を愛し人を愛する生き方です。家庭では、夫として、妻として、親として、子どもとしての身分が与えられています。お互いに支えあい最善を尽くします。社会や学校では、職業人、あるいは学生としてあなたの持てる技量を磨き、人々に最良のものを提供します。学生も一生懸命勉強することもそうです。それが、神と人を愛する生き方です。教会では、救いの福音が安定的に地域社会に提供するために活動しています。皆さんの家族知人友人に福音を届けるために教会は活動しています。この福音は期間限定です。光の届かない闇が来る前に、もう手遅れになる前に、教会にお連れして福音に触れていただきましょう。

<聖書>マタイの福音書5章21~26節
【新改訳2017】
5:21 昔の人々に対して、『殺してはならない。人を殺す者はさばきを受けなければならない』と言われていたのを、あなたがたは聞いています。
5:22 しかし、わたしはあなたがたに言います。兄弟に対して怒る者は、だれでもさばきを受けなければなりません。兄弟に『ばか者』と言う者は最高法院でさばかれます。『愚か者』と言う者は火の燃えるゲヘナに投げ込まれます。
5:23 ですから、祭壇の上にささげ物を献げようとしているときに、兄弟が自分を恨んでいることを思い出したなら、
5:24 ささげ物はそこに、祭壇の前に置き、行って、まずあなたの兄弟と仲直りをしなさい。それから戻って、そのささげ物を献げなさい。
5:25 あなたを訴える人とは、一緒に行く途中で早く和解しなさい。そうでないと、訴える人はあなたを裁判官に引き渡し、裁判官は下役に引き渡し、あなたは牢に投げ込まれることになります。
5:26 まことに、あなたに言います。最後の一コドラントを支払うまで、そこから決して出ることはできません。

バベルの塔の出来事

2024年9月15日(日)主日礼拝説教ハレルヤチャペル滝沢牧師森田友明

<要約>
神なき世界の悲惨;

バベルの塔は神亡き世界の象徴です。現代も、人類は神亡き世界を継承しています。「自分たちには神は必要がない。神がなくても、自分たちですべてをやっていける」という人間の傲慢から出ています。神のところへ行く必要はない、逆に神を見返してやろうではないか、と言い出すのです。実はこれは、サタンの策略です。アダムの失敗以来見事に人類はサタンの支配下で操られているのです。神なき世界、イコール、サタンの世界です。現在の人間社会は神なき世界を受け継いでいます。国々は敵対し、多くの人々が戦争で無駄に命を失っています。この地球上で戦争がどこにもなかった時代はないと言われているくらい、人間は互いに殺し合っています。そして、これは、人類滅亡の序曲といえるのではないでしょうか。自然界を見ても私たちの住処である地球は環境破壊が進んでいます。住みにくい住処となっています。人間の罪により地球温暖化はブレーキがききません。漁業は大きな打撃を受け、南極の氷が解けてこのままでは、水没する国も出てきています。それは文字通り神なき世界の悲惨と言えるのではないでしょうか。

あなたを救うために降りてこられた神;

人間中心の世界には救いはありません。神のご支配をこの世に及ぼすために、キリストは来られました。キリストは、人類が悪に向かって滅びていくのを妨げ、今度は神を中心として礼拝する民を起こしてくださいました。人を罪と死と滅びから救い、永遠のいのちに至る道を切り開いてくださいました。すべての人は、アダムの罪を引き継いでおり、生まれながらの罪人です。自らの罪により死と滅びに定められていました。しかし、イエス・キリストの十字架で、すべての人の罪を贖う義の行為によって、神はすべての人の罪を赦してくださいました。ですから、すべての人は、十字架により赦された罪人となったのです。あなたの過去、現在、未来の罪は過ぎ去りました。今度は赦された罪人として、新しい復活のいのちに生きるのです。罪に縛られない、失敗を恐れない、前向きに与えられた賜物を用いて、神と人に仕える人生です。そしてもう一つ、先に救われたあなたの役割は何でしょうか。そうです、この救いの福音をあなたの家族、友人、知人へ伝えていくことです。罪と死と滅びから解放されて、永遠に続く祝福と希望、喜びと感謝の人生を一人でも多くの人に知っていただきたいと切に願います。

<聖書>創世記11章1~9節
新改訳2017
11:1 さて、全地は一つの話しことば、一つの共通のことばであった。
11:2 人々が東の方へ移動したとき、彼らはシンアルの地に平地を見つけて、そこに住んだ。
11:3 彼らは互いに言った。「さあ、れんがを作って、よく焼こう。」彼らは石の代わりにれんがを、漆喰の代わりに瀝青を用いた。
11:4 彼らは言った。「さあ、われわれは自分たちのために、町と、頂が天に届く塔を建てて、名をあげよう。われわれが地の全面に散らされるといけないから。」
11:5 そのとき【主】は、人間が建てた町と塔を見るために降りて来られた。
11:6 【主】は言われた。「見よ。彼らは一つの民で、みな同じ話しことばを持っている。このようなことをし始めたのなら、今や、彼らがしようと企てることで、不可能なことは何もない。
11:7 さあ、降りて行って、そこで彼らのことばを混乱させ、互いの話しことばが通じないようにしよう。」
11:8 【主】が彼らをそこから地の全面に散らされたので、彼らはその町を建てるのをやめた。
11:9 それゆえ、その町の名はバベルと呼ばれた。そこで【主】が全地の話しことばを混乱させ、そこから【主】が人々を地の全面に散らされたからである。


虹の約束

2024年9月1日(日)主日礼拝説教ハレルヤチャペル滝沢牧師森田友明

<要約>
労苦の中で心を守ってくださる神;

神は、ノアと、家族と、動物たちを試練の中で彼らの心を守られました「労苦の中で心を守ってくださる神」と題してお話をしてきました。人生の歩みの中においても、多かれ少なかれ労苦は続きます。生活の労苦もそうです。また、こうだと思って行ったことが不本意な結果に終わったということもあるでしょう。しかし、その中にあっても神は私たちの心を守って下さいます。神があなたに、心を留めてくださっているからです。神が心を留めてくださるというのは、私たちのすべての領域で、全人格的にかかわっていてくださるということです。今ある状況で、家族間の不一致、仕事がうまくいかないなど、思い通りに行かないこともあるかもしれません。しかし、それも神様が必要として与えてくださることを覚えましょう。また、試練と思われることにもあっても神は、信じる者の心を守ってくださいます。私たちは、自分のすべての領域を神に明け渡してお取り扱いいただく必要があります。神に自分の正直な気持ちを申し上げましょう。心を守ってくださいます。そして、あなたを祝福してくださいます。

無条件で差し出された赦しといのち;

無条件で差し出された赦しといのちと題してお話ししています。私たちは、アダムの罪を引き継いでいる生まれながらの罪人です。裁かれ、滅びる存在でした。しかし、キリストの十字架と復活により、罪の赦しと永遠のいのちを無条件で受けました。それにより、私たちは赦された罪人となりました。これからは、過去、現在、未来の罪はすべて過ぎ去り、新しいいのちに生きる者とされました。神を愛し、人を愛する人生です。失敗を恐れず、前向きに生きる希望と喜びの人生です。それは、遣わされている、教会、家庭、職場や学校であなたの最善を尽くす生き方です。それがキリストに従う生き方です。私たちは、それぞれに、取り巻く状況は決して万全ではないでしょう。仕事の問題、家族の問題、など、心をすり減らしているのが現状でしょう。しかし、神様はノアの家族と同じように、心を留めてくださるのです。すべての領域を神のみ手に委ねましょう。まず、はじめにノアが礼拝したように、良い時も悪い時も、ノアのように、礼拝をささげ感謝しましょう。

創世記8:1~5,8:15~22,9:8~11
【新改訳2017】
8:1 神は、ノアと、彼とともに箱舟の中にいた、すべての獣およびすべての家畜を覚えておられた。神は地の上に風を吹き渡らせた。すると水は引き始めた。
8:2 大水の源と天の水門が閉ざされ、天からの大雨がとどめられた。
8:3 水は、しだいに地の上から引いていった。水は百五十日の終わりに減り始めた。
8:4 箱舟は、第七の月の十七日にアララテの山地にとどまった。
8:5 一方、水は第十の月まで減り続け、第十の月の一日に、山々の頂が現れた。

8:15 神はノアに告げられた。
8:16 「あなたは、妻と、息子たちと、息子たちの妻たちとともに箱舟から出なさい。
8:17 すべての肉なるもののうち、あなたとともにいる生き物すべて、鳥、家畜、地の上を這うすべてのものが、あなたとともに出るようにしなさい。それらが地に群がり、地の上で生み、そして増えるようにしなさい。」
8:18 そこでノアは、息子たち、彼の妻、息子たちの妻たちとともに外に出た。
8:19 すべての獣、すべての這うもの、すべての鳥、すべて地の上を動くものも、種類ごとに箱舟から出て来た。
8:20 ノアは【主】のために祭壇を築き、すべてのきよい家畜から、また、すべてのきよい鳥からいくつかを取って、祭壇の上で全焼のささげ物を献げた。
8:21 【主】は、その芳ばしい香りをかがれた。そして、心の中で【主】はこう言われた。「わたしは、決して再び人のゆえに、大地にのろいをもたらしはしない。人の心が思い図ることは、幼いときから悪であるからだ。わたしは、再び、わたしがしたように、生き物すべてを打ち滅ぼすことは決してしない。
8:22 この地が続くかぎり、種蒔きと刈り入れ、寒さと暑さ、夏と冬、昼と夜がやむことはない。」

9:8 神は、ノアと、彼とともにいる息子たちに仰せられた。
9:9 「見よ、わたしは、わたしの契約をあなたがたとの間に立てる。そして、あなたがたの後の子孫との間に。
9:10 また、あなたがたとともにいるすべての生き物との間に。鳥、家畜、それに、あなたがたとともにいるすべての地の獣、箱舟から出て来たすべてのものから、地のすべての生き物に至るまで。
9:11 わたしは、わたしの契約をあなたがたとの間に立てる。すべての肉なるものが、再び、大洪水の大水によって断ち切られることはない。大洪水が再び起こって地を滅ぼすようなことはない。」