聖書は幸せな人生のガイドライン

2021年5月16日主日礼拝説教 ハレルヤチャペル牧師 森田友明

<聖書>詩篇119篇105~117節
119:105 あなたのみことばは私の足のともしび私の道の光です。
119:106 私は誓いまたそれを果たします。あなたの義の定めを守ることを。
119:107 私はひどく苦しんでいます。【主】よみことばのとおりに私を生かしてください。
119:108 どうか私の口から出る進んで献げるものを受け入れてください。【主】よ。あなたのさばきを私に教えてください。
119:109 私はいつもいのちがけです。それでもあなたのみおしえを忘れません。
119:11 私はあなたのみことばを心に蓄えます。あなたの前に罪ある者とならないために。
119:110 悪者どもは私に対して罠を設けました。それでも私はあなたの戒めから迷い出ません。
119:111 私はあなたのさとしを永遠に受け継ぎました。これこそ私の心の喜びです。
119:112 私はあなたのおきてを行うことに心を傾けます。いつまでも終わりまでも。
119:113 私は二心のある人たちを憎みあなたのみおしえを愛します。
119:114 あなたは私の隠れ場私の盾。私はあなたのみことばを待ち望みます。
119:115 悪を行う者どもよ私から遠ざかれ。この私は私の神の仰せを守る。
119:116 あなたのみことばのとおりに私を支え生かしてください。私の望みのことで私を辱めないようにしてください。
119:117 私を支えてください。そうすれば私は救われ絶えずあなたのおきてを見つめることができます。

<要約>

神は二つのお姿であなたを幸せに導く

聖書には、律法と福音という二つの内容が書かれています。律法は神のあなたに対する要求です。福音は、神はあなたを命がけで愛しておられるということです。律法の中心は十戒で、人が幸せに生きるためのルールです。人として生きるための最も基本的なルール、道徳律と言えます。他方、律法である十戒は厳しい戒めとも言えます。守れないものを罪に定めます。律法に対してもう一つは福音です。この福音こそが聖書のもっとも大切な事柄です。それは、神があなたを愛しているということです。簡単に言えば、律法は厳しさです。福音は優しさです。この律法と福音で、読者を導き、律法の厳しさである死と滅びから、福音のやさしさの極みである罪の赦しと永遠のいのちに導いてくださるのです。別の見方をすると、聖書には神の二つのお姿が表わされています。聖書に表わされている神のお姿は、一つには律法であります。厳格な裁判官の姿です。神のもう一つのお姿は、福音であり愛のお姿です。そのように神はこの二つのお姿、律法と福音により、私たちを導き成長させてくださるのです。そして、ついには、幸せにしてくださるのです。

イエス様を待ち望む喜び

この時の詩篇の記者は、苦しみ悩みで限界状況にあったと思われます。そのような中で、「みおしえを愛する」、「みことばを待ち望む」、「神の仰せを守る」、「神の掟を見つめる」など、彼が熱心に神を求め待ち望んでいたと思います。現在は、終末の時代といえます。そして、世の終わりには、イエス様が再び来られます。現在は、私たち信者はイエス様が来られるのを待ち望んでいる時代に生きていると言えます。私たちは、私達を取り巻く世界が、困難や苦難の中にあるからこそ、私たちはイエス様を強く待ち望むのです。私は、1981年、アメリカのミシシッピィ大学で研究のために働いていました。一年くらいたったある日に、吐き気とむくみがでて、ネフローゼと言う腎臓病にかかってしまったのです。3歳と2歳と0歳の子どもを抱えて異国の地で病気になってしまい、大変がっかりしました。しかし、感謝しました。私はその時、病気や困難があるからこそ、イエス様を待ち望む喜びがあるのだと確信しました。今も、私達をとり囲む状況は厳しいですが、だからこそ、私たちは、イエス様を待ち望むのです。