病気と死はいのちの入り口となる

2026年2月15日(日)主日礼拝説教ハレルヤチャペル滝沢牧師森田友明

<要約>
病気や死は終わりではない:

多くの人は、病気にかかって入院したり、寝込んだりします。病気の期間の長短にかかわらず、それぞれが、病苦を味わい、心の葛藤を覚えながら脱出の道を模索して、悩み苦しむのです。病気と死はもともと、人の罪の結果です。アダムの罪以来、罪はすべての人を支配しています。アダムの罪以来、病が人に入り、人は死ぬものとなりました。私たちは誰一人、病気を経験しない人はいません。それゆえ、人の身体のいのちは死で終わります。しかし、霊のいのちは死んでもなくなりません。まぜなら、人は特別な存在として、神の愛の対象として、神に似せてつくられたからです。他の動物とは違って、私たち人間には霊があります。アダムの罪以来、すべての人は真の神がわからず、神から遠く離れています。神との関係が途切れてしまっているのです。その関係を回復させてくださったのが、イエス様です。永遠のいのちは、復活の希望です。神のプレゼントです。神は、すべての人の罪と死に代えて、永遠のいのちを提供してくださっています。罪のない神の子イエス・キリストが十字架ですべての人の罪を背負い代わりに死んでくださった。そして、3日目に復活されたことです。その復活はすべての人に提供されています。自らの罪を悔い改めてイエス様を信じる者は誰でも永遠のいのちをいただくことができるのです。それが、神が用意してくださり、提供しておられる福音です。プレゼントです。

光があるうちに光を信じる:

イエス様は、時が来たことを示すために、「もう一度ユダヤに行こう」と言われました。イエス様は、そこで、祭司長や律法学者たちにとらえられて、十字架にかけられて、殺されるのを知っていました。しかし、イエス様は言われました。「昼間は十二時間あるではありませんか。だれでも昼間歩けば、つまずくことはありません。この世の光を見ているからです。しかし、夜歩けばつまずきます。その人のうちに光がないからです。」と。イエス様はご自身を「世の光」と言われました。わたしが世にいる間は、と言って、やがて、イエス様がこの世から取り去られる時が来ることを。そして、だれも働くことのできない夜が来るので、光を見ることができなくなる。その前に、光であるイエス様を信じなさい。と言われたのです。また、光であるイエス様を心に持たなければ、闇の中を歩くことになる、霊的な暗黒があることを示されたのです。そういう状態の人は自分がどこへ行くのかもわかりません。そして、永遠の滅びに至るのです。イエス様を信じるのには、期限があるのです。私たちの身体のいのちがあるうちにイエス様を救い主と信じなければなりません。人のいのちは神の主権の中にあります。誰も、自分のいのちはいつまで続くかはわからないのです。光があるうちに光を信じたいと思います。

<聖書>ヨハネによる福音書11章1~17節
【新改訳2017】
11:1 さて、ある人が病気にかかっていた。ベタニアのラザロである。ベタニアはマリアとその姉妹マルタの村であった。
11:2 このマリアは、主に香油を塗り、自分の髪で主の足をぬぐったマリアで、彼女の兄弟ラザロが病んでいたのである。
11:3 姉妹たちは、イエスのところに使いを送って言った。「主よ、ご覧ください。あなたが愛しておられる者が病気です。」
11:4 これを聞いて、イエスは言われた。「この病気は死で終わるものではなく、神の栄光のためのものです。それによって神の子が栄光を受けることになります。」
11:5 イエスはマルタとその姉妹とラザロを愛しておられた。
11:6 しかし、イエスはラザロが病んでいると聞いてからも、そのときいた場所に二日とどまられた。
11:7 それからイエスは、「もう一度ユダヤに行こう」と弟子たちに言われた。
11:8 弟子たちはイエスに言った。「先生。ついこの間ユダヤ人たちがあなたを石打ちにしようとしたのに、またそこにおいでになるのですか。」
11:9 イエスは答えられた。「昼間は十二時間あるではありませんか。だれでも昼間歩けば、つまずくことはありません。この世の光を見ているからです。
11:10 しかし、夜歩けばつまずきます。その人のうちに光がないからです。」
11:11 イエスはこのように話し、それから弟子たちに言われた。「わたしたちの友ラザロは眠ってしまいました。わたしは彼を起こしに行きます。」
11:12 弟子たちはイエスに言った。「主よ。眠っているのなら、助かるでしょう。」
11:13 イエスは、ラザロの死のことを言われたのだが、彼らは睡眠の意味での眠りを言われたものと思ったのである。
11:14 そこで、イエスは弟子たちに、今度ははっきりと言われた。「ラザロは死にました。
11:15 あなたがたのため、あなたがたが信じるためには、わたしがその場に居合わせなかったことを喜んでいます。さあ、彼のところへ行きましょう。」
11:16 そこで、デドモと呼ばれるトマスが仲間の弟子たちに言った。「私たちも行って、主と一緒に死のうではないか。」
11:17 イエスがおいでになると、ラザロは墓の中に入れられて、すでに四日たっていた。