神の日を心に据えて今を生きる

2024年10月20日(日)主日礼拝説教ハレルヤチャペル滝沢牧師森田友明

<要約>
神を認めない人間と神の忍耐:

世の中の人々は、キリストが神であることを認めず生きています。そして、その人生観、生き方は歴史を通して、ずっと人間社会を支配してきました。あざける者たちが、敬虔に生きようとしている信者たちをあざけっていました。それに対して、ペテロは、こう述べています。主は、ある人たちが遅れていると思っているように、約束したことを遅らせているのではなく、あなたがたに対して忍耐しておられるのです。だれも滅びることがなく、すべての人が悔い改めに進むことを望んでおられるのです。ここに主のみこころがあります。キリストは、そのように神を認めず、神を知らず、神から遠く離れている人々、そして自らの罪のために死と滅びに定められている人々を救うために、世に来てくださったのです。さばきと滅びの日来る前に、すべての人を天の御国に招くために、罪びとを招くために来てくださったのです。「私を信じて、罪と死と滅びから救われなさい」と、今日も招いてくださっております。まだ、キリストを信じて洗礼を受けてない方は、是非、信じて救われてください。

終わりを見据えて希望に生きる:

最終的には世界は滅びます。しかし、この世界は「義と愛の神」が創られ、そして保っておられる世界です。神は義であるということは、神は正しくさばかれるということです。罪を放置しておくことは神にはできません。すなわち神の裁きは必ず起こるということです。また、愛の面では、神はすべての人を愛し、滅んでしまうのを惜しんでおられます。そして、すべての人が幸せになってもらいたいと考えておられます。私たちは、生まれながらの罪人です。しかし、イエス様の十字架により過去現在未来に至るまでの罪は赦されています。ですから赦された罪人です。罪が許されたものとして、これからは、どのように生きて行けばよいのでしょうか。罪が赦され、復活のいのちが与えられています。そして、やがて、新しい天と新しい地を相続する者たちです。神は、この地上にあって、一人一人に使命と目的を与えて神の民として、決してしぼまない、希望と喜びの人生を歩んでほしいと願っておられます。イエス様が命じているように、神を愛し、人を愛することです。具体的にはそれぞれに与えられた場所で与えられた職務や身分を通して、最善を尽くすことです。

<聖書>ペテロ第2の手紙3章1~14節
【新改訳2017】
3:1 愛する者たち、私はすでに二通目となる手紙を、あなたがたに書いています。これらの手紙により、私はあなたがたの記憶を呼び覚まして、純真な心を奮い立たせたいのです。
3:2 それは、聖なる預言者たちにより前もって語られたみことばと、あなたがたの使徒たちにより伝えられた、主であり救い主である方の命令を思い出させるためです。
3:3 まず第一に、心得ておきなさい。終わりの時に、嘲る者たちが現れて嘲り、自分たちの欲望に従いながら、
3:4 こう言います。「彼の来臨の約束はどこにあるのか。父たちが眠りについた後も、すべてが創造のはじめからのままではないか。」
3:5 こう主張する彼らは、次のことを見落としています。天は大昔からあり、地は神のことばによって、水から出て、水を通して成ったのであり、
3:6 そのみことばのゆえに、当時の世界は水におおわれて滅びました。
3:7 しかし、今ある天と地は、同じみことばによって、火で焼かれるために取っておかれ、不敬虔な者たちのさばきと滅びの日まで保たれているのです。
3:8 しかし、愛する人たち、あなたがたはこの一つのことを見落としてはいけません。主の御前では、一日は千年のようであり、千年は一日のようです。
3:9 主は、ある人たちが遅れていると思っているように、約束したことを遅らせているのではなく、あなたがたに対して忍耐しておられるのです。だれも滅びることがなく、すべての人が悔い改めに進むことを望んでおられるのです。
3:10 しかし、主の日は盗人のようにやって来ます。その日、天は大きな響きを立てて消え去り、天の万象は焼けて崩れ去り、地と地にある働きはなくなってしまいます。
3:11 このように、これらすべてのものが崩れ去るのだとすれば、あなたがたは、どれほど聖なる敬虔な生き方をしなければならないことでしょう。
3:12 そのようにして、神の日が来るのを待ち望み、到来を早めなければなりません。その日の到来によって、天は燃え崩れ、天の万象は焼け溶けてしまいます。
3:13 しかし私たちは、神の約束にしたがって、義の宿る新しい天と新しい地を待ち望んでいます。
3:14 ですから、愛する者たち。これらのことを待ち望んでいるのなら、しみも傷もない者として平安のうちに神に見出していただけるように努力しなさい。