メシヤ来臨の預言

2022年12月4日主日礼拝説教ハレルヤチャペル滝沢牧師森田友明

<聖書>ミカ書5章1~9節
【新改訳2017】
5:1 今、軍勢をなす娘よ、勢ぞろいせよ。包囲網が私たちに対して設けられた。彼らは、イスラエルをさばく者の頬を杖で打つ。
5:2 「ベツレヘム・エフラテよ、あなたはユダの氏族の中で、あまりにも小さい。だが、あなたからわたしのためにイスラエルを治める者が出る。その出現は昔から、永遠の昔から定まっている。」
5:3 それゆえ、彼らはそのままにしておかれる。産婦が子を産む時まで。そのとき、彼の兄弟のほかの者はイスラエルの子らのもとに帰る。
5:4 彼は立って、【主】の力と、彼の神、【主】の御名の威光によって群れを飼う。そして彼らは安らかに住まう。今や彼の威力が、地の果ての果てまで及ぶからだ。
5:5 平和は次のようにして来る。アッシリアが私たちの国に来て、私たちの宮殿を踏みにじるとき、私たちはこれに対抗して七人の牧者、八人の指導者を立てる。
5:6 彼らはアッシリアの地を剣で、ニムロデの地を抜き身の剣で飼いならす。アッシリアが私たちの国に来て、私たちの領土に踏み込んで来るとき、彼は、私たちをアッシリアから救い出す。
5:7 そのとき、ヤコブの残りの者は、多くの国々の民のただ中で、【主】のもとから降りる露、青草に降り注ぐ夕立のようだ。彼らは人に望みを置かず、人の子らに期待をかけない。
5:8 ヤコブの残りの者は異邦の民の中、多くの国々の民のただ中で、森の獣の中の獅子、羊の群れの中の若い獅子のようだ。通り過ぎるときには、踏みにじり、かみ裂けば、助け出す者はいない。
5:9 あなたが敵対する者に向けて御手を上げると、あなたの敵はみな絶ち滅ぼされる。

<要約>

混迷と闇に光となって来られた救い主:

当時の状況を見ると、大国アッシリヤが目前に迫り、イスラエルの民にとって脅威が最高潮に達していた時であります。とても勝ち目がなく絶望と思われている時代に救い主の登場が預言されています。イエス様がお生まれになった時代も、イスラエルの民はローマの圧政のもとに非情な困難の中にありました。このように、救い主は、混迷とやみが覆う時代に来られました。個人レベルでも民族レベルでも国家レベルでも、困難や試練で絶望することはあるかもしれません。しかし、その中でこそ、私たち人間は救い主をお迎えするにふさわしく整えられるのです。アッシリヤは、目の前に立ち尽くす困難、光の見えない闇と言うことができるかもしれません。また、病気や困難や死を象徴しているかもしれません。あるいは、不破や仲たがい、分裂、分派であるかもしれません。あるいは、自分の内側にある利己的な思い、支配欲なども敵と言えるでしょう。私たちはそれに立ち向かおうと戦います。しかし、その時にこそ、救い主があなたに近づいていることに気付くことです。救い主キリストはそれらから信じる者を救ってくださるのです。そして、真の平安をお与えくださいます。

勝利と祝福の伝達者;

ヤコブの残りの者は、最後まで真の神を信じる信仰に生きる人々を指します。最後まで忠実な信仰者は二つのものを持っています。一つは、周囲の人々を潤し、神の祝福を届ける働きです。その人たちは、多くの国民の中でも主から降りるつゆ、青草に注ぐ夕立の様です。潤いと生気を与える神の力です。それは、神の祝福の器であると言えます。周りの人々に祝福を届ける働きです。アブラハムの約束を受け継いだクリスチャンは祝福の伝達者と言えます。簡単に言えば、あなたによってあなたの周りの人々や家族も祝福されるということです。あなたの内におられる聖霊が働いてくださいます。もう一つは、圧倒的な勝利者です。ヤコブの残りの者は、信仰者は森の獣の中の獅子、百獣の王ライオンです。教会の勝利と言えます。なぜなら、御子を信じる者は、十字架のゆえにすべての罪が赦されています。そして代わりに死んで三日目に復活したキリストの勝利と祝福を受け継いでいるからです。与えられた賜物を豊かに用いて、神と人に仕えるのです。

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