神に本当に出会うとき

2015年8月2日(日)主日礼拝
ハレルヤチャペル滝沢牧師 森田友明

<要約>

孤独な旅路

ヤコブは兄をだましたことから兄エソウの怒りをかいました。エソウはヤコブを殺そうと考えました。そこで、イサクはヤコブを祝福して、リベカの兄ラバンのところへ送り出すのです。あるとき日が沈んで暗くなってきました。ヤコブは淋しさと心細さでいっぱいであったと思います。これから自分はどうなってしまうのだろうか。苦しみと後悔もあったでしょう。心配と不安を抱えながら夜を迎えるのでした。旅の疲れもあって、いつの間にか眠り夢をみたのです。不思議な夢を見ました。天まで届く梯子のようなものが地面に立ち、天使たちがそれを上ったり下りたりしているのです。ふと気づくと、何と神様がヤコブのそばに立っていらっしゃいました。神様は、わたしはアブラハム、イサクの神である。わたしはあなたが横たわっている土地をあなたにあげる。地上のすべての民族はあなたとあなたの子孫によって祝福される。あなたをこのところに連れ戻そう、決してあなたを捨てない。これは、アブラハムに、そしてイサクに神が与えた祝福の約束でした。その同じ約束が、ヤコブに継承されたのです。

神との出会い

ヤコブは眠りから覚めて、「私はここに神がおられるのに、私はその方を知らなかった」といいました。ヤコブは父イサクから、真の神について聞いていました。地上のすべての民族は自分と自分の子孫によって祝福されるという約束。それらを、おそらく何度も聞いていました。ヤコブは、神を知識としては知っていました。でも、今まで神様と出会っていなかったのです。神と出会って、ヤコブは、恐れおののきました。私たちは神と出会うと、恐れおののくようになるのです。この恐れは、怖いという恐れではありません。畏敬という言葉が当てはまります。目の前に現れてくださった神は、責めることも咎めることもなく、ただ、アブラハムとイサクにお与えになった祝福の約束を伝えました。神は祝福の神です。私たちの罪を責めるためではなく、罪を悔いているものを赦し立たせてくださるお方なのです。罪のない神の御子が、人類の罪を背負い身代わりとなって十字架で死んで下さったのです。そこに、人間に対する愛と赦しがあるのです。十字架は赦しのシンボルです。次に、ヤコブは枕にした石で柱を作り、それに油を注いで神を礼拝しました。神に出会った人は、神を礼拝するのです。次に、神と出会った人間は、感謝の応答と献身を表明するのです。

神の一大事業

梯子が天から地上に降りており、そこを天使が上がり降りしている情景は何でしょうか。これは、この後、約二千年後に神が人となって人類救済の事業を完成なさったことと関係あります。人類の歴史を二分することが起きました。それは救い主イエス・キリストが誕生したことです。今日の幻は、イエス様が、ヨハネの福音書で(ヨハネ1:51)「まことに、まことに、あなたがたに告げます。天が開けて、神の御使いたちが人の子の上を上り下りするのを、あなたがたはいまに見ます。」といわれた情景と同じです。天使が激しく天地を行き来しているというのは、これが神の一大事業として執り行われようとしていることです。

神が人となって罪に沈む人間を救いだすというご計画を悪魔は黙って見ていません。何とか阻止しようとします。悪魔の激しい抵抗に遭うのです。サタンはイエス・キリストとその存在の意義を消し去ろうと躍起になっているのです。イエス様が天と地を繫ぐために来られた、神の国を地上に広げるために来られたのです。イエス・キリストは全人類を救うために来られたのです。神は救いの道を完成させてくださいました。イエス・キリストの救いは現在に至って、すべての国民に知れわたりつつあります。いつでもどこでもだれにでも提供されている救いです。神はあなたに個人的に出会いたいと願っておられます。条件は何でしょうか。あなたの空の手をさしだして、「イエス・キリストを慎んで頂戴いたします」といって、信じて受け止めればよいのです。
<聖書>創世記28章1~3節、10~22節

28:1 イサクはヤコブを呼び寄せ、彼を祝福し、そして彼に命じて言った。「カナンの娘たちの中から妻をめとってはならない。
28:2 さあ、立って、パダン・アラムの、おまえの母の父ベトエルの家に行き、そこで母の兄ラバンの娘たちの中から妻をめとりなさい。
28:3 全能の神がおまえを祝福し、多くの子どもを与え、おまえをふえさせてくださるように。そして、おまえが多くの民のつどいとなるように。

28:10 ヤコブはベエル・シェバを立って、ハランへと旅立った。
28:11 ある所に着いたとき、ちょうど日が沈んだので、そこで一夜を明かすことにした。彼はその所の石の一つを取り、それを枕にして、その場所で横になった。
28:12 そのうちに、彼は夢を見た。見よ。一つのはしごが地に向けて立てられている。その頂は天に届き、見よ、神の使いたちが、そのはしごを上り下りしている。
28:13 そして、見よ。【主】が彼のかたわらに立っておられた。そして仰せられた。「わたしはあなたの父アブラハムの神、イサクの神、【主】である。わたしはあなたが横たわっているこの地を、あなたとあなたの子孫とに与える。
28:14 あなたの子孫は地のちりのように多くなり、あなたは、西、東、北、南へと広がり、地上のすべての民族は、あなたとあなたの子孫によって祝福される。
28:15 見よ。わたしはあなたとともにあり、あなたがどこへ行っても、あなたを守り、あなたをこの地に連れ戻そう。わたしは、あなたに約束したことを成し遂げるまで、決してあなたを捨てない。」
28:16 ヤコブは眠りからさめて、「まことに【主】がこの所におられるのに、私はそれを知らなかった」と言った。
28:17 彼は恐れおののいて、また言った。「この場所は、なんとおそれおおいことだろう。こここそ神の家にほかならない。ここは天の門だ。」
28:18 翌朝早く、ヤコブは自分が枕にした石を取り、それを石の柱として立て、その上に油をそそいだ。
28:19 そして、その場所の名をベテルと呼んだ。しかし、その町の名は、以前はルズであった。
28:20 それからヤコブは誓願を立てて言った。「神が私とともにおられ、私が行くこの旅路を守り、食べるパンと着る着物を賜り、
28:21 無事に父の家に帰らせてくださり、こうして【主】が私の神となられるなら、
28:22 石の柱として立てたこの石は神の家となり、すべてあなたが私に賜る物の十分の一を必ずささげます。」

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