ノアと洪水

2018年09月 02日(日)主日礼拝
ハレルヤチャペル滝沢牧師 森田友明

<聖書>創世記6章1~22節
6:1 さて、人が地上にふえ始め、彼らに娘たちが生まれたとき、
6:2 神の子らは、人の娘たちが、いかにも美しいのを見て、その中から好きな者を選んで、自分たちの妻とした。
6:3 そこで、【主】は、「わたしの霊は、永久には人のうちにとどまらないであろう。それは人が肉にすぎないからだ。それで人の齢は、百二十年にしよう」と仰せられた。
6:4 神の子らが、人の娘たちのところに入り、彼らに子どもができたころ、またその後にも、ネフィリムが地上にいた。これらは、昔の勇士であり、名のある者たちであった。
6:5 【主】は、地上に人の悪が増大し、その心に計ることがみな、いつも悪いことだけに傾くのをご覧になった。
6:6 それで【主】は、地上に人を造ったことを悔やみ、心を痛められた。
6:7 そして【主】は仰せられた。「わたしが創造した人を地の面から消し去ろう。人をはじめ、家畜やはうもの、空の鳥に至るまで。わたしは、これらを造ったことを残念に思うからだ。」
6:8 しかし、ノアは、【主】の心にかなっていた。
6:9 これはノアの歴史である。ノアは、正しい人であって、その時代にあっても、全き人であった。ノアは神とともに歩んだ。
6:10 ノアは三人の息子、セム、ハム、ヤペテを生んだ。
6:11 地は、神の前に堕落し、地は、暴虐で満ちていた。
6:12 神が地をご覧になると、実に、それは、堕落していた。すべての肉なるものが、地上でその道を乱していたからである。
6:13 そこで、神はノアに仰せられた。「すべての肉なるものの終わりが、わたしの前に来ている。地は、彼らのゆえに、暴虐で満ちているからだ。それで今わたしは、彼らを地とともに滅ぼそうとしている。
6:14 あなたは自分のために、ゴフェルの木の箱舟を造りなさい。箱舟に部屋を作り、内と外とを木のやにで塗りなさい。
6:15 それを次のようにして造りなさい。箱舟の長さは三百キュビト。その幅は五十キュビト。その高さは三十キュビト。
6:16 箱舟に天窓を作り、上部から一キュビト以内にそれを仕上げなさい。また、箱舟の戸口をその側面に設け、一階と二階と三階にそれを作りなさい。
6:17 わたしは今、いのちの息あるすべての肉なるものを、天の下から滅ぼすために、地上の大水、大洪水を起こそうとしている。地上のすべてのものは死に絶えなければならない。
6:18 しかし、わたしは、あなたと契約を結ぼう。あなたは、あなたの息子たち、あなたの妻、それにあなたの息子たちの妻といっしょに箱舟に入りなさい。
6:19 またすべての生き物、すべての肉なるものの中から、それぞれ二匹ずつ箱舟に連れて入り、あなたといっしょに生き残るようにしなさい。それらは、雄と雌でなければならない。
6:20 また、各種類の鳥、各種類の動物、各種類の地をはうものすべてのうち、それぞれ二匹ずつが、生き残るために、あなたのところに来なければならない。
6:21 あなたは、食べられるあらゆる食糧を取って、自分のところに集め、あなたとそれらの動物の食物としなさい。」
6:22 ノアは、すべて神が命じられたとおりにし、そのように行った。

<要約>

見えるものに傾く人間;

「神の子らは、人の娘たちが、いかにも美しいのを見て、」と言う文章があります。「神の子ら」は何かと言うことです。これは主にセツの子孫で「神を信じる者」つまり信者を指していると考えて良いでしょう。人の娘というのは、主にカインの子孫で神を信じない人々の娘です。信者たちは、不信者の娘たちに心ひかれたということでしょう。信仰で物事を判断しなくなった姿勢、信仰を大切にしなくなった姿がうかがえます。そこに、目に見える物に傾く人間の姿があります。ネフィリムは昔の勇士で名のある者たちであるとあります。ネフィリムは「落ちる」という意味があることから、堕落した者たちをさしています。これは、主にカインの子孫であったと思われます。これは、巨人であり、力があり、勇士であり、名のある者、すなわち、権力や勢力を持った人間でした。人々が目に見えない神よりも、目に見える力ある人に心惹かれて行ったのです。信者たちも信仰の事より世の事に心を奪われるようになりました。目に見える物に傾く傾向です。心の目は曇ってしまし、肉の目で見える物しか、知ろうとしなくなります。人間は、神を追い出して、神なき世界を作り出していくのです。それは、神を追い出して人間中心の世界を築き上げてきた人類の姿です。「地上に人の悪が増大し、その心に計ることがみな、いつも悪いことだけに傾く」のを神はご覧になったのです。神から離れた人間は、神を恐れ、愛し、信頼することがなくなります。善悪の判断基準は自分にありますので、自分中心の生き方になります。それぞれの人々が、自分中心になれば、必ず、争いが起きます。神は私たちを愛の対象として創られました。土から創られて、鼻から神の霊を吹き込まれたのです。そして、人間は神に似たものとなったのです。しかし罪が入り、人は御霊を心の内から追い出してしまったのです。人間は御霊に聞き従うより、肉、すなわち罪の性質に従うことを選択して生きるようになりました。いつしか、神の存在を認めなくなったのです。私たちクリスチャンは、聖霊をいただいた者たちですが、肉といわれる罪の性質が残っています。もし、御霊によって生きなければ肉によって生きることになります。ついには、聖霊を追い出してしまうのです。日本では、洗礼を受けてクリスチャンになっても、信仰の破船に会い、教会から離れて行く人々が多くあります。聖霊に聞き従うより、自分の肉に従う人々です。このように現代の多くの人々は、神の存在がわからない、神がおられることも認めないのです。これは神を離れていく人間の姿ということができます。何度も神は悔い改めを迫ったでしょう。実際、箱舟を建造する数十年の期間を用いて、ノアは宣教したことがうかがわれます。しかし、聞く耳を持たなかった人類に、ついに裁きの時が来たのです。7章を見ると雨が降り始めたその日にノアとその家族は箱舟に入りました。あらゆる動物たちも中に入りました。その時も、箱舟の扉は空いていたのです。人々は招かれていたのです。7章16節で、最後に神が後ろの戸を閉められたのです。神の忍耐とあわれみは大きいことを知ってください。また、最後に後ろの戸を閉めなければならない神の痛みと悲しみを知ってください。

見えない神を第一とするノア;

「ノアは正しい人であって、その時代にあっても全き人であった。ノアは神とともに歩んだ」と書いています。正しい人、というのは、神との関係において正しいということです。神との関係において正しいことと、人との関係において正しいこととは必ずしも同じではありません。ノアは神との関係をいつも第一としていたのです。人生は選択の連続です。何を選んで進んでいったらよいか迷うこともあります。その時はまず、神との関係を第一とするのです。最善の道が開かれます。どうしたら、御心を知ることができるでしょうか。神のみこころはどこに表れていますか?十戒に表れています。ですから、原則的には十戒に照らして、みこころかどうかを判定します。このように、ノアは神様との関係を第一としてその信仰を認められた人です。私たちも、ノアのように神様との関係を正す必要があります。

信仰によって義とされる人生

神は「わたしはあなたと契約を結ぼう」とノア一人を指して誓われました。神は一人の人ノアに人類救済を託したのです。ノアの信仰についてはへブル書11章を見てみましょう。

「信仰によって、ノアは、まだ見ていない事がらについて神から警告を受けたとき、恐れかしこんで、その家族の救いのために箱舟を造り、その箱舟によって、世の罪を定め、信仰による義を相続する者となりました。」ノアは箱舟で水を潜り抜けて救われました。そして、信仰によって義とされました。彼は、箱舟をつくって、人々をそこに入るように招いたものの、世の人々は不信仰になり、神の警告を聞きませんでした。その事により世は罪に定められたのです。神はノアを選び、契約を結び、彼に人類救済を託しました。同様に、神は私たちクリスチャンを選び、約束を与えて、他の人々の救いのために遣わしてくださっています。ノアの時代の人々は、箱舟に救いがあることを信じないで滅びました。同様に、イエス様の十字架に救いがあることを信じない人は滅びます。なぜなら、十字架の救いの道が提供されているからです。十字架を信じれば救われるのです。しかし、十字架を信じない人は罪に定められます。不信仰によって罪が明らかにされるのです。ノアは、その時代の人々にとって、浮いた存在だったでしょう。私たちクリスチャンも信仰を守ろうとするとき、世にあっては生きづらいこともあるでしょう。しかし、ノアのように神を恐れ、神を愛し、神に信頼していくならば、ノアのように必ず、大いなる祝福を受け継ぐものとなるのです。

 

 

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