バベルの塔

2014年9月21日(日) 主日礼拝
ハレルヤチャペル滝沢牧師 森田友明

<要約>

洪水後、船から出たノアの家族は、「生めよ、増えよ、地に満ちよ」の神の祝福を受けて人数も増しました。人々はシヌアルの地へ移動していきました。そこに定住し、文化を築いていったのです。3節で、「そのうち彼らは言うようになった」とあります。神がいなくても自分たちはやっていけるといいだしたのです。神は必要ない、逆に神を見返してやろうではないか、と言い出したのです。親にとって一番つらいのは子どもの反抗です。罪があると子どもは親を避けるようになります。同様に罪人である人間は創造者である神を避けるのです。心にやましさがあるからです。人間は神に似せて作られたがゆえに、人間の知恵はすばらしさいのですが、アダムの罪以来、人間の知性は堕落したのです。創造主なる神を無視して歩むときに人間は高慢となり、自分中心となり、自滅の道を進むのです。神は言葉を混乱させて、そのことを押しとどめました。神はこのあと、セム族の中で、アブラハムを選び、アブラハムの子孫であるイスラエル民族を選び、一つの民族を通して神と和解を全人類に広げようとなさいました。私たちは自らの罪のために神と和解することができません。そして、私たちは自分で罪を消すことはできません。罪を取り除いてくださる方は、イエス様です。イエス様ががんの病巣を取り除く外科医のように私の内にある罪の病巣を取り除いてくださるのです。それは、イエス様が、私たちの罪を背負って十字架の上で身代わりとなって死んでくださったことによるのです。イエス様による神との和解を受け入れましょう。
<聖書>
創世記1章1~9節
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約束の虹

2014年9月14日(日) 主日礼拝
ハレルヤチャペル滝沢牧師 森田友明

<要約>

箱舟の締め切った空間にいた人も動物も大変なストレスであったと思います。パニックになっても仕方がない状況にあったと思います。神は、「心を留められて」ノアと、家族と、動物たちを守られたのです。恐らく、ノアと家族は眠る暇もなく、動物たちの世話で追われていたと思います。私たちも、今ある状況や仕事は決して楽ではないかもしれません。しかし、それも神様が必要として与えてくださることを覚えましょう。神は、信じる者の心を守ってくださるのです。神はノアの家族から人類を再生なさるのです。箱舟を出て、ノアが最初にしたことは、聖い動物を祭壇にささげ、礼拝をしたのです。新しい出発の前に、神に礼拝をささげたのです。ノアは、救われ贖われた喜びと感謝から献身の心をもって捧げました。主はノアを喜ばれました。神は、「生めよ。増えよ。地に満ちよ」とノアの家族を祝福しました。そして、もう世界を洪水で滅ぼすことはないと約束されたのです。その契約の目に見えるしるしは、虹です。虹を見て、いくつもの色があるのは、神の人類に対する思いは一通りではなく、複合された思いがあることを示しているとある聖書学者がいいました。神の御思いは、人の罪に対する怒りと変わることのない愛です。矛盾するような二つの思いに筋を通したのが、イエス・キリストの十字架です。十字架のたての棒は、十字架のイエスに落とされた神の怒りです。十字架の横の棒は神の愛です。イエス様は十字架によって神のすべての怒りを飲み乾したのです。十字架を信じる者には、神の怒りは及ぶことなく、神の愛のみが注がれるのです。罪赦されたがゆえに、へりくだって感謝して従っていくのです。
<聖書>
創世記8章1~5節、15~22節、9章8~11節
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ノアの洪水、水のバプテスマ

2014年9月7日(日) 主日礼拝
ハレルヤチャペル滝沢牧師 森田友明

<要約>

「主は、地上に人を造ったことを悔やみ、心を痛められた」とあります。そして全人類すべての動植物を地上から消し去ろうと神は決意なさったのです。神は愛なのにどうして人類を滅ぼそうとなさるのか、という問いが起こるでしょう。神は愛であると同時に、義なる方です。罪に対しては必ず裁きをなさるのです。何度も神は悔い改めを迫ったでしょう。しかし、聞く耳を持たなかった人類に、ついに裁きの時が来たのです。雨が降り始めたその日にノアとその家族は箱舟に入りました。あらゆる動物たちも中に入りました。その時も、箱舟の扉は空いていたのです。人々は招かれていたのです。最後に神が後ろの戸を閉められたのです。「ノアは正しい人であって、その時代にあっても全き人であった。ノアは神とともに歩んだ」と書いています。正しい人、というのは、神との関係において正しいということです。ノアは神との関係をいつも第一としていたのです。ノアは、すべて主が命じられたとおりにしました。天の下にあるどの山々も、すべて水でおおわれたのです。こうして地の上を動いていたすべての肉なるものは、鳥も家畜も獣も地に群生するすべてのものも、またすべての人も死に絶えて、いったん世界は終わったのです。水によって滅ぼされたのです。これは、「洗礼によって救われる」ことの型です。私たちも、水のバプテスマによって古い自分に死んで、キリストとともに新しい人に生まれ変わったのです。

<聖書>
創世記6章1~8節、7章5~12、19~21節
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